TOKYO FMのプロデューサー・延江浩氏の『週刊朝日』連載、『RADIO PA PA』。今回は「DJ村上春樹」について。
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デビュー40周年を迎える村上春樹さんの番組「村上RADIO」のイベント「村上JAM」がこの6月にTOKYO FMで開かれる。大西順子さんのピアノに、スペシャルゲストとして渡辺貞夫さん。ライブの中では村上作品の朗読も。
春樹さんがラジオ局にやってきたのは、昨年4月のよく晴れた日だった。滅多にお見かけできない(かつて神宮球場で一度だけ)作家を目の前に、僕は心の中で「(マボロシの)イリオモテヤマネコ捕獲!」と叫んだ。
チノパンにスニーカー。世界中に熱狂的なファンを持つ春樹さんは、関西の私立大学に通う、いかにも育ちの良い青年のような出で立ちだった。
TOKYO FMのある皇居・半蔵門は年に延べ100万人が走るジョギングの聖地である。
タリーズのコーヒーを手に窓辺に立ち、色とりどりのジョガーたちを眺めて「僕もよく走るんですよ」と春樹さんが言った。高めのバリトン、滑らかで柔らかい声だった。
番組の企画を立て、社内の輪読会を始めて3カ月が経っていた。春樹さんは音楽とは切っても切れない小説を書いている。
春樹さんとの縁を取り持ってくれた編集者のTさんが、「これから幸せすぎるラジオマンの、愉(たの)しすぎる物語が始まるんですね」と言った。
それからちょうど1年が経った。
放送は2カ月に1回の割合だから、リスナーとのやりとりも5回目となった。
「夫のことは大切で大好きなのですが、昔一目惚れした人に会いたいと言われ、迷っています。正直会いたいです。でも食事をするだけでも、結婚しているのに不真面目だよなと思います。情けないです……。春樹さん、アドバイスをください」という女性リスナーには、「小説家の立場から言えば、会いに行けと言いたい。でも、現実生活で彼女が彼に会いに行くとリスクを引き受けなきゃいけない、責任を引き受けなきゃいけないわけですよね。だから気軽にそうしなさいというふうには言えないんだけど。でも僕としては、そんなに会いたければ会いに行くのが普通じゃないかと思う。失敗しても思い出は人生の燃料になる。年取ってから、その燃料があるかないかでずいぶん人生のクオリティーが違ってきます」と答え、「そもそも、混乱と乱れのない人生はやり方が間違っているというのが小説家としての意見」と呟(つぶや)く。