というわけで、あえて分類するなら、本書は(最近ネット小説で大流行中の)異世界転生もの。ただし、転生先がよくある異世界ではなく、終戦直後の東京を思わせる改変歴史世界だという点がユニークだ。石油不足で電力供給は制限され、動かせる自動車は少なく、技術レベルも昭和20年代くらいにとどまっている。たとえて言えば、P・K・ディックの改変歴史SF『高い城の男』の舞台に転移したようなものだろうか。

 時間SF要素と警察ドラマの融合なら、日本でリメイクされた韓国ドラマ「シグナル」が有名だが、本書のようなパラレルワールド警察小説はたぶん前代未聞。しかも、“志麻由子警視”は、市警本部内に敵が多く、些細な失敗も許されない。由子は、とつぜん放り込まれた見知らぬ世界で、里貴の助けを借りながら、必死にエリート警視を演じることになる。突拍子もないこの設定を冒頭わずか50ページほどで要領よく提示し、読者をぐいぐい並行世界に引き込む手腕はさすが大沢在昌。

 前半の軸になるのは、東西新宿の闇市を仕切る二つの犯罪組織、ツルギ会と羽黒組の対立。こちらの世界の自分(=志麻警視)が何を目論んでいたのかを探りつつ、由子は抗争の渦中に身を投じる。

 SF版『血の収穫』(ダシール・ハメット)みたいなこの展開もすばらしく読ませるが、後半はそこから一転、二つの世界を股にかけたSFミステリーに変貌する。由子はなぜ転移したのか? こちらの世界の父はなぜ生きているのか? そして、連続絞殺魔の正体とは?

『帰去来』は、大沢作品史上たぶん最高のSF度を誇るが、SFの道具立てを自由自在に操りながらも、著者はあくまでミステリーとしての面白さを追求する。最終的な着地点は、歴戦のSF読者にもミステリー読者にも予想不能。パラレルワールドSFと警察ハードボイルドの融合から生まれた、著者ならではの、懐かしくも新しいエンターテインメントだ。

週刊朝日  2019年2月1日号

暮らしとモノ班 for promotion
「更年期退職」が社会問題に。快適に過ごすためのフェムテックグッズ