そしたら串田さんが「バカか! お前、これシェークスピアだぞ! コントじゃないぞ!」って(笑)。僕はそれまでシェークスピアを読んだこともなかった。それくらい愚かだったんですよ。吉田日出子さんもクククと笑って「バッカねえ、笹野は」って。

 そうやって7年くらいたったころ、芝居の「し」の字もわからなかったのが「あれ、こういうことかな?」とわかる瞬間があったんです。ときどき吉田日出子さんも褒めてくれるようになった。「笹やん、このごろおもしろいじゃない~」って。

 役者だけで飯が食えるようになったのは35歳くらいですかね。真っ暗闇のなかに飛び込んだんだけど、10年やって、ようやく少し道が見えたといいますかね。

――「男はつらいよ」シリーズにも出演し、お巡りさんや車掌など、さまざまな役を演じた。振られた役はどんな役でもこなせたが、強烈な個性が欲しいと思ったこともあった。

「器用貧乏」ってよく劇団のころにバカにされましたよ。劇団で一緒だった佐藤B作に「出た! 笹野のミクロの芝居!」とか言われてね(笑)。つまり「細かい芝居」ってことです。例えば人と話すときに爪をかんだりとか、役を追求していくと「この人にはこんなクセがあるんじゃないか」とか想像するわけ。でもそれをやってみせると、「そんなの誰にも見えないよ!」ってバカにされる。「笹野は何やってもうまいねえ、器用貧乏!」とか言われて「くそー!」って思いましたよ。

 確かにB作や、劇団で一緒だった柄本明は個性的で、早くから独立して大きい役もつく。「彼らのあの個性っていったい、なんだろう?」とうらやましくて、真剣に考えた。

 でも、あるときハタ、と思ったんです。「まてよ? 器用貧乏も個性じゃないの?」って。自分はドラマでその場で台本をもらうような小さな役を瞬時に演じることができるし、おじいさんにもおばあさんにもなれる。「よし。自分はその個性を磨こう。カメレオンのような役者になってやる」って。

――そんな中、世の中がひっくり返るかと思ったほどの役をもらう。山田洋次監督の時代劇「武士の一分」(2006年)だ。木村拓哉演じる主人公の中間・徳平役で、笹野の名は台本の3番目に書いてあった。

次のページ