……あ、また話しかけてきた。ということはまだ嗅いでない?被害を拡大させないためには、現時点で俺はどうしたらいい?ツーッという流れた跡スジは[尻見当]で恐らく2センチ強か。まずは今までどおり括約筋を締め続け、尻の穴を塞ぐべく尻の肉をキュッと内側へ力を込める。ええい、臭いもろとも施術終了まで封じ込めてしまえ。

「力抜いてくださいねー」
「楽にしてくださいねー」

 ガチガチに固まりながら、寝ているふりの私。おなかもユルやかなら、時間がたつのもユルやか。力を入れすぎたのか、しだいに意識が遠のいていく。すやすや。寝てしまう私。軽い夢をみる。「お尻などもうどうでもいいじゃない」と夢のなかで整体師が言う。尻の力が抜けたとたんに目が覚める。あ、またすかしっ屁が出た……。

 尻はさっきより数倍グッショリと濡れている。もはやこれまでか? でもこれはいくらなんでも汗だろう。でもまた力を入れる。施術は終わらない。また寝てしまう。また起きる。もはや全身汗だく。整体の時間が無間地獄に陥ったかのような1時間。結局、この日のソレは汗だった。あーあ。俺はもうすぐ四十一なのに、何をしているのか。

 孔子様なら一体私になんておっしゃるだろう? 「大人なんだから、気づいた時点でまずトイレ行ったらいいじゃん」かな。「おなか、大切に」か。

週刊朝日  2018年11月30日号

著者プロフィールを見る
春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

春風亭一之輔の記事一覧はこちら