ジャズ・ミュージシャンは、即興演奏の真髄を失くすのではないかと危惧し、彼らの技術や技巧について論じることを避ける傾向がある。
そこで、ニューヨーク・タイムズ紙の音楽評論家ベン・ラトリフが、ジャズの核心をつかむべく、ソニー・ロリンズ、オーネット・コールマン、ダイアン・リーヴス、ブランフォード・マルサリスを含む現代の偉大なアーティスト15名と膝を交え、彼らの心をもっとも動かし、影響を受けたレコーディングに関して語り合う。
著者ラトリフは、このパフォーミング・アートとアーティスト自身のきわめてはかなくわかりづらい本質に対する深い解釈を巧みに引き出している。本書『ザ・ジャズ・イヤー』は、音楽を創る上での独創性が表出する、興味深く洞察力に優れた探求である。
●「あなたのことは、すべてわかるわ」(第5章より抜粋:オーネット・コールマンの母親の言葉)
オーネット・コールマンはまず第一に、ウクライナ出身のカントール(聖歌の朗唱者)、ヨーゼフ・ローゼンブラットのレコードをリクエストしていた。ローゼンブラットは、1911年にニューヨークに移住した後、エンターテイナーとして高い人気を博した。彼はまた、自らの信念を貫く象徴的な存在にもなった。
私は1916年録音の数枚のレコードを持参した。私たちは、安息日の礼拝で歌われた《Tikanto Shabbos 》に耳を傾けた。ローゼンブラットは、低音域で音吐朗々としたヴォイスを、高音域では驚異的なコロラトゥーラを聴かせた。
コールマンが私に言った。「20何年か前にシカゴで若い奴にこう言われた。『俺の家にちょっと立ち寄ってください。聴かせたいものがあるんです』と。そこで私は、地下にある彼の家に行った。彼はヨーゼフ・ローゼンブラットのレコードをかけたんだ。私は、赤ん坊のように泣き出してしまった。彼がかけたレコードは、泣きながら、歌いながら、祈っていた。同じブレスの中で同時にだ。それがどれも、邪魔をしあわない。すべてが共存していた。私は、『ちょっと待てよ。ノートがまったく見当たらない。これは、"ノート"じゃない。ノートがまったくないんだ』と思った」
彼は、ローゼンブラットのレコードにさらに耳を傾けた……
「ちょっと聞きたいことがある」とコールマンが言った。「彼が歌っている言葉は、リゾルヴ(解決)しているのかい? メロディーじゃないよ。つまり、彼はリゾルヴしているが、"メロディー"を歌ってはいない」
「少なくとも各小節をモードに応じて歌っていると言えなくもない」と私が答えた。
「彼はまったくスピリチュアルに歌っていると思う」とコールマンが言った。「彼は人として経験していることをサウンドにし、彼の声質でそれを表している。彼が歌っているのは、彼が語ろうとしているものだ。私たちは、"歌"として聴くが、彼は何かを語っているんだ。私にはそれが何かわからない。だが、最高だ」