3日後、穴が倍の大きさになっていた。誰だ、触ったのは!? ん? 俺か? どうしよう。とりあえずちょっと距離をおいて眺めてみる。穴はすでに真ん丸でない。よく見ると、『サザエさん』の波平さんの顔型に似ていた。まるで『トムとジェリー』のトムのように壁に突撃して、波平型にぶち抜いたみたい。

「……毛を付けてみようかな」 部屋の片隅に落ちていた縮れっ毛を、「波平穴」の頭頂部あたりにセロハンテープで貼ってみた。より一層「波平感」が増した。ニヤリ。「増やしてみる?」。毛を2本、鬼の角のように貼って、またニヤリ。3本、放射状に生やしてみたら、なかなか笑える。「もういっそのこと……」。10本にしたら笑いが止まらなくなった。もっと貼ったらもっと面白いのか? 辺りから毛をかき集め、足りない分は引き抜いて、貼りまくったらちょっと微妙なかんじになってしまった。「10本が限度か……」。『笑いは、ほど』ということをこの穴に教えてもらったのだ。芸人として、また一回り大きくなったようだ。

 なんの気なしにもう一度穴を覗いてみたら、「ひまか」という3文字が闇に浮かんで見えた気がした。

週刊朝日  2018年10月5日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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