

落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「壁」。
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わが家(借家)の2階。子供部屋の壁に穴があいた。直径5センチほどの丸い穴だ。
「なぜこんなところに穴?」。不思議に思ったが、原因はすぐに判明。ドアを開けたとき(内開き)、回したほうと反対側のドアノブが壁にぶつかって、ドアノブ型に壁が抜けたのだ。ドアが直接壁にぶつかるのを防ぐためのストッパーが、床から10センチくらいの位置に壁から突き出ているにもかかわらず、ドアノブが壁に食い込んだのか。なんて無力なストッパー。よく見たらストッパーも寂しげに曲がっている。頑張ったんだね、ストッパー。
うちの子供たちはケンカをすると、必ず誰かが泣きながら子供部屋に駆け込もうとドアを勢いよく開ける。バチーンッ!と音がして壁にぶつかる。そんなことが度重なると、とうとう壁に穴があく。
すぐに子供たちを集めて説教だ。「うちは借家だぞ。引っ越すときに敷金が戻ってこないだろうがっ!」と……言いたいのを堪えて、『ものを大切にする尊さ』を諭し聞かせる。
だが、無理に『いい話』をしようとして、そのうちに自分でも何を言ってるのかよくわからなくなってきた。結局、「家を壊すほどケンカをするな! ここに住めなくなったらみんなで野宿だぞっ!」とストレートなメッセージ。子供たちは、みな下を向いて反省の態。反省もいいけどお年玉から修理代を出してほしいくらいだ。
それにしても綺麗な穴があいた。白い壁に歪みのない黒丸。つい吸い込まれるように覗いてみる。壁のなかは空洞だ。真っ暗。指を入れて探ったが奥には届かない。
バカっぽいが、穴に「あー」と声を吹き込んでみる。期待したほど反響はしない。空洞はさほど広くないようだ。
穴の縁を軽く触ってみた。石膏?らしきものがポロポロと崩れる。岩手名物の南部煎餅くらいの強度だ。こりゃいかん。ドンドン穴が広がってしまうではないか。でも手を伝わるポロポロ感が微妙に心地好く、気づいたら触っている。いかん、絶対に触っちゃいけないやつだ。