ポップで親しみやすいメロディーが満載の新作を出したポール・マッカートニーポップで親しみやすいメロディーが満載の新作を出したポール・マッカートニー
ポール・マッカートニーの新作『エジプト・ステーション』(キャピトル/ユニバーサル UICC-10040)にはボーナス・トラック2曲も収録。2枚組LPは21日に発売ポール・マッカートニーの新作『エジプト・ステーション』(キャピトル/ユニバーサル UICC-10040)にはボーナス・トラック2曲も収録。2枚組LPは21日に発売
 ポール・マッカートニーのニュー・アルバム『エジプト・ステーション』が発売された。スタジオ・アルバムとしては5年ぶり。ウイングス名義の作品を除き、リンダ・マッカートニーとの共演盤を含めれば18作目のソロ作となる。

【ポール・マッカートニー『エジプト・ステーション』のジャケット写真はこちら】

 今回、ポールがプロデュースを委ねたのはグレッグ・カースティン。アデルやベックのヒット作を手がけてきた売れっ子だ。グレッグを起用したポールの意図を詮索する向きがあって当然だが、ポール自身は「唯一の心配は“ポールが時の人を選んでる”ってみんなに思われることかな」としつつ、「音楽的な才能があって、一緒に仕事するのが最高なんだ」と語っている。

 ポールとグレッグはアニメの音楽制作をきっかけに出会った。グレッグが手がけたフー・ファイターズのアルバム『コンクリート・アンド・ゴールド』に収められた「サンデー・レイン」にポールがドラムスでゲスト参加したこともあった。

 今回の録音では、大半の曲はラフなアイデアを協議しながらスタジオで仕上げていったという。10代の頃からザ・ビートルズのファンだったというグレッグは、最初はポールに指示するのがためらわれたようだが、次第に打ち解け、いろんなアイデアを提案し、ポールもそれに応えてきたという。

 アルバムのクレジットによれば、ポールはベース、生とエレキのギター、ピアノなど各種のキーボード、ドラムスを手がけている。ポールのツアー・バンドの面々やグレッグのほか、マッスル・ショールズ・ホーンらも参加しているが、基本的にはポール自身がほとんどの楽器を手がけたワン・マン・アルバムであり、ゲスト・ミュージシャンが彩りを添えたものだ。

 独特のフレイジングによるベース、ベタなところもあるドラムスのフィル、特徴のあるギター・ワークやピアノ演奏など、随所でポールならではの“手ぐせ”が聴かれることからもそれは明らかだ。

 アルバム・タイトルは、カヴァーを飾るポールが描いた絵の題名に由来する。この絵は、1999年に開かれた個展『ポール・マッカートニー・ペインティングス』で披露されたという。

 
 ポールは「僕は『エジプト・ステーション』という言葉が好きだ。僕らがかつて作っていた“アルバム”を思い起こさせる」と語る。近年は、リスナーが気に入った曲を選び出してストリーミングで聴くのが主流となり、アルバムへの関心が薄れつつある。そうした実情への憂いと“アルバム”に込めた思いがうかがえる。

 ポールは「『エジプト・ステーション』は1曲目の駅から出発して、それぞれの曲がまるで違う駅のようなんだ。そのアイデアがすべての曲の元になっている。それは音楽が作り出す夢のような場所だと思っている」とも語っている。

 本作は統一されたコンセプトによるトータル・アルバムであり、“夢”のようなファンタジーといえそうだ。だが実際には、日常の出来事、若き日の思いのほか、社会風刺や平和を願うメッセージなどが盛り込まれている。ポール自身による収録曲の解説が公開されているのもうれしい。

 アルバムの冒頭を飾る「オープニング・ステーション」は本物の駅のSEにノイズなどを足して“夢の中の風景”を作りだした音のモンタージュ。駅のノイズに重なる聖歌隊のコーラスが幻想的だ。

 それに続くのが、先行シングルとして発表された「アイ・ドント・ノウ」と「カム・オン・トゥ・ミー」。

 前者は“ちょっと辛い時期を経験した後に書いた”という。思い悩む心情を物語るようなイントロのピアノが印象的。悩みの告白と、自身を励ますくだりでの歌、演奏が対比の妙を見せる。

 後者は“口説きソング”だといい、“60年代、どこかのパーティー会場で気になる子を見つけて「どうやってアプローチしようかな」と考えてる自分”を想像して書いたという。ざっくりとしたギターの音を含め、どこかノスタルジックなロック・ナンバー。ピアノは「レディ・マドンナ」風だ。

「ファー・ユー」も先行シングルの曲。ワン・リパブリックのフロント・マンでビヨンセなどに作品を提供してきたライアン・テダーがプロデュース。ポールが語るには“ちょっとダーティーなラヴ・ソング”だ。タイトルの“ファー/fuh”が“fuck”を想像させると物議を醸したが、ポールはビートルズ時代にもやっていた子供っぽいいたずらから「I just want to fuck you」とも解釈できるようにしたと語っている。レゲエ風な演奏からコーラス、キーボード類が重厚なサウンドを生み出し、やがてストリングスが登場し、サイケ時代のビートルズ、『サージェント・ペパーズ~』風のサウンド展開になるのが面白い。

 
 暇な時間がたくさんあった頃など昔のあれこれを思い出しながら“今は君がいて幸せ”と歌った「ハッピー・ウィズ・ユー」。原詩の冒頭に“I used to get stoned”とあるのは“ハイになっていた”“ラリってた”という意味だが、対訳には“よくマリファナを吸っていた”とあってびっくり。

 ギターへの愛着を歌った「コンフィダンテ」、現在の妻ナンシーとの出会いの頃に書いたという「ハンド・イン・ハンド」、幼い頃に父に言われた“今やれ!”という言葉を思い出して書いた「ドゥ・イット・ナウ」。いずれもそれぞれの音楽展開が面白い。ビートルズ時代の実験的な要素が織り込まれている。「バック・イン・ブラジルでは、ブラジリアン・リズムなどに加え、なぜか“ICHIBAN”というコーラスが繰り返される。

 社会問題への気配りも忘れていない。

 T・レックス風のブギ・ロックの「フー・ケアズ」は、“いじめ”をはじめ、様々な悩みを抱える若者への助言の曲だという。

「ピープル・ウォント・ピース」は、イスラエル公演の際、パレスチナを訪れた体験をもとに世界の平和を願って書いた。ビートルズ風の演奏展開で、エンディングではジョン・レノンの「平和を我等に」を思い起こさせる。

「ディスパイト・リピーティッド・ウォーニングス」は、ピアノ、ギターをバックにしたバラードから、ロック・ナンバーへと変化する。ポールお得意の壮大な組曲形式だ。周囲の意見に耳を貸さない“船長”に、あの大統領や独裁的な指導者を重ね合わせている。

 アルバムを締めくくるのは3部構成の「ハント・ユー・ダウン/ネイキッド/C-リンク」。3部の中でも、ポールが延々とブルース・ギターを奏でる「C-リンク」に、彼の音楽に対する情熱と愛着を感じる。

 全体を通じ、歌詞の明快さが印象深い。演奏・サウンド面では、ビートルズ中期以降に実践した手法を改めて吟味し、今日的なエッセンスを加味している。オールド・ファンには懐かしく、新しい若いファンには刺激的なはずだ。

 ポールは今年、76歳になった。今も第一線で音楽を続ける原動力は何か。

“大好きだから! それだけさ。アンプのスイッチをONにして、ギターを手にし、シールドをさし、大きな音で演奏する。それを今も続けていられることが、どれほどの幸せか。そのスリルといったら! どれだけやり続けても、スリルが消えることは決してないよ”(音楽評論家・小倉エージ)

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ポールが“アルバム”に込めた思いとは?