

落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「掌返し」。
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今、新幹線のこだま車内。私は沼津の独演会に向かっているところ。世間はサッカーW杯で盛り上がっています。1週間ほど前、期待されていなかった日本代表がコロンビアに勝ち、セネガルに2−2で引き分けて、「やるじゃん! ニッポンっ!」という空気のなかで、この『掌返し』というお題を担当K氏から命じられたのです。そのまましばらく放置してしまいました。時は経ち、イケイケの雰囲気のなか日本はポーランドに0−1で負け、「フェアプレーポイント」でなんとか決勝トーナメントへ。ただ後半の消極的なパス回し、その勝ち上がり方に日本代表は世界からけっこう叩かれ中……。
原稿を書き始めた6月30日の現時点、世の中はそんなかんじです。時事ネタって難しいですね。お題をもらってすぐに原稿にとりかかったら、『好調な日本代表にみんな掌返しして! まったく調子いいねぇ……』みたいな内容になるところでした。あぶね。締め切り粘ってよかった。まぁ、掲載されるのは締め切りの1週間ちょい先なので、そのころには日本代表も何度目かの掌返しをされて、果たしてどっちが表だったかわからなくなっているかもしれません。
今日は沼津で初めての独演会なんですが、地方の独演会はお客の期待値が高いと掌返しされることがあります。
不出来な高座だった場合、迎え手(高座に上がる時の拍手)より明らかに送り手(幕が閉まる時の拍手)が少ない。お客様も「まー、こんなもんかな……」という顔。当然物販も売れません。見送りの現地スタッフの数も減ってます。寂しく逃げ帰ります。
逆に、落語好きな先生が一人だけいて、たまたまその先生が芸術鑑賞会の担当者。他の先生はまるで他人事な学校公演。なおかつ生徒はまるで落語に興味のない……そんな状況で想定外にウケたりすると、また掌返しです。終演後、校長室ではサイン色紙を持った校長が、お茶とケーキを用意して待ち構えています。「昔はよく末廣亭に通ったものです」などといまさらな打ち明け話まで。もちろんこちらも「またよんでくださいねー」と笑顔で応対です。
それはいいんですが、あまりに他の先生が掌返しでキャッキャッすると、今度は落語好きな担当先生が「俺は前から面白さに気づいてたのに……」的な……ヤキモチを焼くのがめんどくさい。
「一之輔さんの他にも○○師匠とか面白い人もたくさんいましてね! 校長っ!」……みたいに、私に冷たい態度をとり始め、また掌返しを食らいます。一体どうしろと言うのでしょうか?
掌返しといえば、この連載をまとめた『いちのすけのまくら』を「地方の独演会で物販したい」と担当K氏に申し出たら、「なんやらかんやらで、全ての会では難しい」という回答。しばらくして重版したら「販売しましょう! その代わりサイン会も! そのほうが売れるので!」みたいなかんじになりました。なんかわかりやすい掌返し。とはいえ、締め切りを待ってもらってる手前、表立って文句も言えません。これから原稿を送信して沼津へ。ちゃんとサイン会もやります。落語も頑張ります。明日からいい子になります。さぁ、来週のお題はなんだろな!? 楽しみっす!
※週刊朝日 2018年7月20日号