ノエルは“アルバムを聴いたらみんな度肝を抜かれるに違いない”とうそぶいていた。リアム同様、大口たたきのノエルの弁だけに、身構えもせずに聴いてみたところ、ノエルが語る通りの衝撃があった。

 1曲目の「フォート・ノックス」は、ノイジーなギター? いやシンセ?がけたたましく鳴り響き、ジェット機のような轟音が飛び交い、ヘヴィーなドラムにアフリカン風の女性コーラスが絡み、サイケでダーク、シンフォニックなサウンド・コラージュ。あっけにとられた。

 続く「ホーリー・マウンテン」も、爆音とどろくダイナミックで豪快なロック・ナンバー。メロディーやコーラスはビーチ・ボーイズ風。ギターやサックスのリフはT・レックスやデヴィッド・ボウイのグラム・ロック風だが、ぶっとい重低音だ。

「キープ・オン・リーチング」はモータウン・ナンバーをスピード・アップしたソウル・テイスト。ノエルの裏声まじりの歌いぶり、メロディーもマーヴィン・ゲイ風だが、サウンドは分厚く塗りこめられている。

 たてつづけに重低音がうなるヘヴィーなEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)スタイルには圧倒されっぱなしで、思わず口をあんぐり。

 プロデューサーはテクノ/エレクトロ系の大御所、デヴィッド・ホルムス。ノエルは従来、曲をある程度書いたうえでスタジオに入ったというが、今回は曲の用意なしにスタジオでわずかなリフやサンプリングをもとに曲を作ったという。しかもこれまで書いてきたようなメロディーは一切拒否され、ギターも手癖は禁止。ノエル自身初めての体験でわけがわからないまま、すべてをデヴィッドに委ねてレコーディングをしたとか。

 もっとも、メロディーやギターのフレーズは、ブロンディとニュー・オーダー、ビートルズとスミスをミックスさせた曲やブライアン・イーノ風、フィル・スペクター風、フレンチ・ポップス風など、ノエルの頭や体にしみこんだものが織り込まれている。

 女性賛歌のラヴ・ソングや失恋の歌がある一方で、「イッツ・ア・ビューティフル・ワールド」では、テロ事件やトランプへの皮肉を込め、「ビー・ケアフル・ホワット・ユー・ウィッシュ・フォー」では社会の未来を憂えるなど、シリアスな歌詞も手がけている。

 表題に通じる「ザ・マン・フー・ビルト・ザ・ムーン」は、タランティーノ監督の映画『ヘイトフル・エイト』のポスターにインスパイアされた曲で、壮大でドラマチックかつスペクタクルなサウンド展開。ノエルならではのメロディーや歌いぶりが生かされている。ボーナス・トラックは弾き語りによる佳曲で、ほっと一息つかせる意外性も。

 冒頭の3曲をはじめ、EDMを導入した意表をつく大胆な試みをノエルの新境地、傑作と絶賛する声が目立っている。

 同時期に市場に投入されたノエル、リアムの新作。兄弟対決の結果はいかに。兄弟げんかさながらに興味深いところだ。(音楽評論家・小倉エージ)

●リアム・ギャラガー『アズ・ユー・ワー』(ワーナーミュージック WPCR-17915)
●ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ『フー・ビルト・ザ・ムーン?』(ソニー・ミュージック SICX-97)

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