高齢になって気になるのは、のみ込む(嚥下)力が衰えること。正月になれば餅を食べたい。この欲求を満たすのは難しいのか。そして口の中で増殖した菌が肺に入って炎症を起こし、最悪の場合には死に至る誤嚥性肺炎も気になる。専門家にトレーニングや歯磨きによる予防策を聞いた。
午後3時半。東京都豊島区の住宅街に、歯科医師の五島朋幸さんが自転車に乗って現れた。午後は訪問診療の時間にあてている。1日3軒から5軒回る。
戸建てに一人で住む高齢女性の家を訪ね、五島歯科医師がリビングに入ると、ソファに腰掛けてテレビを見ていた女性の入れ歯の治療が始まった。手袋をつけて女性と向き合うように床に正座した五島歯科医師は、「口の左下が痛い」と訴える女性から入れ歯を受け取ると、ポリ袋の口を広げ、その上で充電式の機材を使って、入れ歯を調整していく。削っては口にはめ、削ってははめ、を繰り返す。「カチカチカチとかんでみて」「もうちょっとかな……」。かみ合わせを試すこと3回。「だいぶよくなりました。入れ歯がずれ落ちていたけど、はまるようになった」と女性の顔がほころんだ。
女性は以前、誤嚥性肺炎を発症し、入院。食事をとれずにやせ細っていたという。誤嚥性肺炎とは、食べ物や飲み物が食道ではなく、気管に入ってしまう「誤嚥」によって、肺炎になってしまう病気。食べ物などと一緒に口の中の雑菌が気管を通って肺に入ってしまうのが原因だ。
五島歯科医師によれば、ものをごくりとのみ込む嚥下機能が衰えることで食事の量が減り、そのことでよりいっそう嚥下機能が衰える悪循環が生まれる。嚥下機能の衰えは誤嚥を招く。
「何か硬めのものがあれば、一口かんでもらえますか」。五島歯科医師の問いかけに、女性は手元にあったたまごボーロを3粒ほおばった。「かめます。かめます」。女性の目尻が下がった。
診療時間は20分。「これまでは柔らかいものばかり食べてきたんです。食事の量も減っていて……。でも、これでいろんなものを食べられるようになります」。女性の柔和な表情に安堵した五島歯科医師は言う。「入れ歯をどんどん使ってください。僕はしっかり食べられる口にしますので」