当時、そうした話は日本にも伝わったが、詳しい実態は知らないまま、『スロー・トレイン・カミング』での、ダイアー・ストレイツのマーク・ノップラーの端正な爪弾きに惹かれ、『セイヴド』でのゴスペル色を濃くしたアメリカ南部的な音楽性を楽しんでいた。ハードなナンバーもあったが、全体に穏やかな印象だった。
だが、今回の『13集』のライヴ音源を聞き、当時のディランの情感豊かな歌に驚いた。強い信念と信仰心を物語っている。
フレッド・タケット、ティム・ドラモンド、ジム・ケルトナー、スプーナー・オールダム、テリー・ヤングらによる強力で豪快なアンサンブルは、ディランのバック・バンドとしては最強というにふさわしい。女性コーラスがもたらす高揚感にも圧倒される。
デラックス・エディションには当時のツアーの代表曲である「スロー・トレイン」や「ガッタ・サーヴ・サムバディ」が6回登場するなど曲の重複が多いが、ディランの歌唱、編曲はすべて異なる。その深化、熟成の過程が手に取るようにわかる。
エネルギッシュで強靭なハード・ロック的展開による「ソリッド・ロック」、ゴスペル・ロックの醍醐味にあふれた「セイヴド」。さらに、ディランのギターとスプーナー・オールダムのピアノで歌われる「ホェン・ヒー・リターンズ」での感動的な歌声、ディランがピアノを弾きながら歌う「プレッシング・オン」での敬虔さ。「プレシャス・エンジェル」「セイヴィング・グレイス」はメロディーが美しく、「カリビアン・ウィンド」「エヴリィ・グレイン・オブ・サンド」も味わい深い。
未発表作品では60年代半ばのロック転向期の一連の曲にも通じる「エイント・ゴナ・ゴー・トゥ・ヘル・フォー・エニバディ」が印象的だ。
ゴスペル・ツアーの後、ディランは説教的なMCをやめ、過去のヒット曲、代表曲も演奏するようになった。81年のロンドン公演を収録した7、8枚目はその模様をつぶさに伝えている。早々に歌われる「ライク・ア・ローリング・ストーン」、ヘヴィー・ロック・アレンジによる「マギーズ・ファーム」「やせっぽちのバラッド」などが、いずれもゴスペル・テイストにされ、興奮を覚える。なかでも女性コーラスに始まる「風に吹かれて」は感動的だ。そして「天国への扉」で締めくくられる。
トロントでの演奏シーンやリハーサルの模様、観客の反応などにマイケル・シャノンが演じる牧師の説教が挿入されたドキュメントDVDも貴重だ。
ディランが手がけた宗教歌には聖書からの引用が多いが、その出典などについて触れたロブ・ボウマンによる曲目解説も読みごたえがあり、それぞれの曲の理解を深めてくれる。
今回の『13集』はもちろん、“ブートレッグ・シリーズ”は、ディランの多様性を示す貴重な作品群だ。待ち遠しいのは、当初、発表が予定されながらキャンセルとなった『血の轍』のニューヨーク・セッションの完全復刻版の登場だ。(音楽評論家・小倉エージ)
●『トラブル・ノー・モア(ブートレッグ・シリーズ第13集)1979-81』デラックス・エディション=CD8枚+DVD1枚(ソニー・ミュージック SICP31090-98)
●同スタンダード・エディション=CD2枚(同 SICP31099-100)