■「ワイルド『サロメ』より」《踊り手の褒美》


オーブリー・ビアズリー 1894年 ラインブロック・紙 個人蔵

オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』のクライマックスシーンを描いた作品。ヨハネへの燃えたぎる恋情を拒否されたサロメ。彼女に好色な関心を持つヘロデ王は、サロメにダンスをするよう願う。サロメは何でも願いをかなえてくれるならと了承し、愛するヨハネの首を褒美として求めた。この後、サロメはこの首にキスを浴びせる。「ビアズリーは鬼気迫る描写で、グロテスクと美の混交のうちに異様な愛欲を描ききった。若死にしたのがほんとうに惜しい画家です」(中野さん)

■《スザンナと長老たち》
フランソワ=グザヴィエ・ファーブル 1791年 油彩・カンヴァス ファーブル美術館蔵 

2人の中年男性が裸体の女性に近づく。一人は声を出すなと指を立て、もう一人は彼女が身につける薄い布を剥がそうとしている。一方、女性は身動きできず、救いを求めるように涙ぐんだ目を天に向ける……水浴び中の人妻スザンナが、長老たちに襲われる場面だ。スザンナに拒否された2人はうまくいかなかった恨みで、姦通罪をでっちあげて彼女を死刑にしようとする。しかし、預言者ダニエルのおかげで逆に長老たちのほうが死刑にされたという、旧約聖書中の物語である。「これは『セクハラ&パワハラ古代版』ともいえる作品で、女性にとっては考えたくもないおぞましい状況です。まさに冤罪の恐怖ですね」(中野さん)

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「ある種の『悪』が燦然(さんぜん)たる魅力を放つように、恐怖にも抗いがたい吸引力があって、人は安全な場所から恐怖を垣間見たい、恐怖を楽しみたい、というどうしようもない欲求を持ってしまう」──そう中野京子さんは、ベストセラー『怖い絵』で書いている。

 そんな「怖い絵」をテーマにした展覧会が東京で開催される。先行の兵庫展では、入場制限がかけられたほどの人気。必ずしも画面には怖いものが描かれていなくとも、歴史や文化、画家の思いなど、多様な背景を知ると、背筋が凍るような秘密が隠されていることがある。「怖さは想像の友です。恐怖によって想像は生まれ、想像によって恐怖ははばたく」と中野さん。

「感性だけで絵を見るのは、ハードルが高いんです。意味を知ってこそ感じられるものがある。解説をしっかり読んでもらおうというのがコンセプトです。今までにない絵画の楽しみ方を味わっていただきたいですね」

週刊朝日 2017年9月22日号