アット・ニューヨーク1986
アット・ニューヨーク1986
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良好な音質が投げかけるヴィンス・ウイルバーンの意味
At New York 1986 (Mega Disc)

 今年2月にクール・ジャズから初登場、その4か月後にメガ・ディスクから再登場した、いわゆるバッティング音源。このコーナーでは、最新のメガ盤をご紹介しておこう。もっとも内容、音質ともにまったく同じ、あとはジャケットで選ぶしかない?

 おお、これは新しいというか懐かしいというか、ともあれ「やっと出たか」の印象が強い。というのもこの日のライヴ、ラジオ放送された《フル・ネルソン》《ドント・ルーズ・ユア・マインド》の2曲のみ、かなり昔に出た『ザ・キング・オブ・プリースツ』という寄せ集めCDに入っていた(現在では『マイルス・アット・TV・パフォーマンシズ』というオムニバス盤に収録されている)。その聴き慣れた2曲を含む当夜のライヴを収録したのが、この2枚組ということになる。つまり2曲が既発、他の9曲が初登場というわけで、なにやら旧友と新しい友人が一堂に会した感がある。

 とはいえ完全収録というわけにはいかなかったようで、ラストの《ドント・ルーズ・ユア・マインド》は従来どおりのフェイドアウトとなっている。もっとも演奏はほとんどエンディング状態、よってフェイドアウト処理は結果的に"その先"を期待させる効果を生み出し、うーむ、これはこれでいいのではないか。なお実際には《ドント・ルーズ~》のあとは《バーン》《トーマス》がアンコールとして演奏された。

 一説によれば会場内のミキシング卓で録音された音源ということだが、いいかえればサウンドボード、したがって音質に問題はないものの全体的に整理整頓されすぎた結果、ナマならではの臨場感や迫力に欠けるという、いかにもサウンドボードらしい軽さとスカスカ感はイイのかワルいのか。とまあ、このような身のほど知らずの贅沢を覚えてしまったこの身体、そこのアナタ、どうぞ思い切りぶってください(ってナニいわせるんですか)。

 全体のサウンド・バランスからいこう。マイルスを筆頭にボブ・バーグ、ロベン・フォードと、前面に出てソロをとるミュージシャンの音はくっきりと快晴。次に鮮明に聞こえるのが、シンセサイザーやベースではなくヴィンス・ウイルバーンのドラムス。これはかなり見通しが良く、わかる必要のない細かい動きまでわかる。つまりヴィンスの場合、音や動きが鮮明になればなるほどワンパターンぶりが際立ち、しかもそうとうに粗いことがバレる。それは意図した粗さではなく、ほんとうに粗い。まるで園児がオモチャのドラム・セットを叩いているように聞こえるときさえある。よってヴィンスの魅力である直情型パワーとグルーヴが(あくまでもサウンド・バランス上)後退、どこか機械的に響くヴィンスはそれでもマイルスの甥っ子であることに変わりはないが、いつものヴィンスとはいいがたい。皮肉にも高音質によってメリットとデメリットを一身に抱え込んでしまった、そのような2枚組ではあります。

【収録曲一覧】
1. One Phone Call/Street Scenes
2. Star People
3. Perfect Way
4. Human Nature
5. Wrinkle
6. Tutu
7. Splatch
8. Time After Time
9. Full Nelson
10. Carnival Time
11. Don't Loose Your Mind (fade out)

Miles Davis (tp, synth) Bob Berg (ts, ss) Robben Ford (elg) Robert Irving (synth) Adam Holzman (synth) Felton Crews (elb) Vince Wilburn (ds) Steve Thornton (per)

1986/8/27 (Chautaqua, NY)

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