豪快なテクノ・サウンドとユーモラスで滑稽な歌詞による石野卓球の「Don't感・Don't恋」。サウンドの強引さに押され気味だが、サビでは情緒あふれる歌唱を聴かせる。やさぐれ感が満載の横山剣の「やってらんないぜ」。横山のクセのある歌唱にならいながら、サビの部分で平井の個性を発揮。

 歌詞に女性の視点が織り込まれたTOKOの「Dance with you」やBONNIE PINKの「Emmm……」、ボ・ディドリー風のリズミックなギター・サウンドによるLOVE PSYCHEDELICOの「Gift」なども、これまでになかった取り組みだ。

 スピッツの草野マサムネが提供したのは「ブランケット」。草野ならではのメロディーに、ひねり技を加えた歌詞。草野の持ち味、ギター・ロック主体のスピッツのサウンドを隠し味にした亀田誠治の編曲、制作のもと、平井堅の歌唱がはつらつと響く。草野は「平井堅のパブリックイメージはバラードとかダンサブルなポップスですよね? そんな彼が歌わないタイプのメロディと歌詞をあえて意識して作った」とのコメントを寄せている。

 歌声が似ていることを平井自身も認めている槇原敬之の「一番初めての恋人」は、平井が好んで歌ってきた槇原作品の「ANSWER」の続編という。槇原への敬意を込めた丹念な歌いぶりが印象深い。KANの「歌」では、平井の個性をふんだんに織り込み、あの仕草までを想像しながら作品を手がけ、平井らしく歌う歌唱指導もあったという。平井の魅力を最大限に引き出したとして、ファンなら納得のいく作品だろう。

 先の草野マサムネのコメントではないが、シングル曲の集大成ではバラードとポップでダンサブルな作品が際立っている。すでに幅広い音楽性、多彩なレパートリーを持つ平井だが、『歌バカだけに。』は、平井らしさ、その持ち味を自問しながら、新たな挑戦に取り組んだ意欲作だ。シングル曲の集大成と併せて耳にすれば、それをより実感できる。オリジナル・アルバムとしてでなく、あえてシングル・コレクションと合わせて発表した背景には、そんな意図があったのに違いない。(音楽評論家・小倉エージ)

●初回生産限定盤A(アリオラジャパン BVCL―807~810)
●通常盤(同 BVCL―815~817)は「バイマイメロディー」から最新作までの23曲を収録したCD2枚と『歌バカだけに。』のセット
●初回生産限定盤B(同 BVCL―811~814)は、通常盤と同じCD3枚にミュージック・クリップを集めたブルーレイ・ディスクがつく

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小倉エージ

小倉エージ

小倉エージ(おぐら・えーじ)/1946年、神戸市生まれ。音楽評論家。洋邦問わずポピュラーミュージックに詳しい。69年URCレコードに勤務。音楽雑誌「ニュー・ミュージック・マガジン(現・ミュージックマガジン)」の創刊にも携わった。文化庁の芸術祭、芸術選奨の審査員を担当

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