ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏。今回はネット記事における「コメント欄」の最新事情を解説する。
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今や新聞といえども記事をネットで配信するのは当たり前。しかし、ネットで配信した記事に「コメント欄」を設けるかどうかは、各社にとって頭の痛い問題になっている。コメント欄がなければ「このネット時代に双方向性を否定する時代遅れのメディア」となじられ、かといって設けると荒らされる可能性があるからだ。
本来、ネットのニュース記事に設けられるコメント欄は、多様な見方を与えたり、読者同士のコミュニケーションを促進したりする有意義なものだ。だが、実際には一部の極端なユーザーによって占拠されてしまうことが多く、昨今は世界的にヘイトスピーチの増加にも悩まされている。大手メディアがコメント欄を設けることに積極的になれないのは、そうした事情があるのだ。
そんな中、老舗の高級紙の米ニューヨーク・タイムズが、最新の人工知能(AI)技術も活用して、コメントを「モデレーション」する取り組みを開始した。書き込まれたコメントを自動的に公開するのではなく、人間が目視して問題ない書き込みであれば公開するというものだ。
使っている技術は、グーグルが開発したAI「パースペクティブ」。投稿されたコメントの有害性をパースペクティブが判別し、問題のないコメントは自動で公開する。有害性が高いと判定されたコメントは人間が確認して、公開か非公開かを決めるという仕組みだ。
これにより、ニューヨーク・タイムズの全記事のうち、コメント可能な記事の割合が25%まで増加した。導入以前の割合は10%だったため、大幅にコメントできる記事が増えたことになる。同紙はこの割合を年末までに、80%にすることを目指すという。
ニューヨーク・タイムズは、かつてジェイソン・ブレア元記者が記事を捏造(ねつぞう)した苦い経験があり、2003年以降、読者の声を紙面に反映するパブリック・エディター(オンブズマン)を置いていた。今回のAI導入にあわせて5月31日に、そのポストが廃止されることが明らかになった。
「ソーシャルメディアのフォロワーやインターネットの読者が団結して、現代のウォッチドッグ(権力を監視する番犬のこと)としての役割を集合的に果たしている。単一のオフィスから読者の声を届けるよりも、そうしたウォッチドッグの権限を高め、耳を傾けることこそが我々の責務である」
相次ぐトランプ政権のスキャンダルをスクープし、デジタル版の購読者を増やしている同紙だからこそ、若いネット世代にアピールする必要性を感じ、コメント欄の整備に乗り出したのだ。はたして本当に有用な、読者とメディアのニュースコミュニティーをつくれるのか、今後の展開に注目したい。
※週刊朝日 2017年6月30日号