作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。フリージャーナリストの詩織さんが元TBSワシントン支局長でジャーナリストの山口敬之氏(51)から、意思に反して性行為をされたと主張している問題。北原氏がこの問題について書く。

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 2年前、意識のない詩織さんに性行為した山口敬之氏が、「事件」後に彼女に送ったメールは、性暴力に関する多くのことを私に教えてくれる。

 詩織さんが公開したメールによれば、彼はその後、「なにもなかったかのように」振る舞ったという。何故だ?と問う詩織さんに山口氏は、自分のパソコンに嘔吐されたことなどを、「ゲロ」という言葉を何度も使い、まるで迷惑かけられたけど耐えた、というような調子で主張した。その上で「あなたのような素敵な女性が半裸でベッドに入ってきて、そういうことになってしまった」と返した。

 女が被害を訴えれば「強制じゃないだろう?」「誘ってきたのはそっちだろう?」と女の意思を問うのに、男の下半身に対しては意思ではコントロールできないんで、と真顔で言い放つ。ゲスであるが、多くの性暴力事件で、被害者が味わう悔しさだ。

 さらに女性が公に訴えれば、「彼女は俺を貶めようとしている」と言いだすのも一般的だ。彼はフェイスブックで、「自分がメディアに出るようになってから、彼女が行動を起こすようになった」と、まるで裏の力が働いたかのように匂わせ、2年前のことを今更蒸し返すのはおかしいと主張する。そう、訴えるタイミングが早ければ「はめられた」と言い、遅ければ「裏がある」と被害者の訴えを矮小化したがるのはよくある話だ。

 中でも象徴的なのは、この一文だ。妊娠の不安を訴える詩織さんに、

「あなたが不安なのはわかりましたから、こちらで出来る事は喜んでします。しかし、問題に対処するには、一方的な被害者意識を改めてもらいたい」

 山口氏の傲慢な言いぐさに衝撃を受けるが、とても既視感があった。というか、日本軍「慰安婦」にさせられた女性たち、そして声をあげた彼女たちに日本社会がやってきたことと、山口氏の言い分はぴたりと重なる。

 
 1991年に被害女性が初めて声をあげて以来、女性たちは、事実認定と謝罪・賠償を求めてきた。それに対し日本政府は一部事実認定をしたものの、正式な謝罪と賠償を避けた。しかもその後も「証言はウソ」「強制はなかった」「あれは商売だった」などと言いたがる政治家が次々に出てくる始末。さらに2015年の日韓合意の時は、「和解には双方の歩み寄りが必要だ」と涼しい顔で「和解」を歓迎したのは、右派の政治家というよりリベラルな言論人だった。

 2年前、「事件」が起きたばかりの詩織さんのメールには、「あなたの謝罪、反省の意をまず最初に聞きたい」と書かれていた。「事実を曲げる人が一番嫌いです」ともある。それは、日本軍「慰安婦」にされた女性たちが、ずっと声をあげてきたことでもある。

 被害者が味わう悔しさ、加害者の涼しげな顔は、なぜこうも似ているのだろう。「慰安婦」問題に関心があると言うと、歴史や政治の関心だと思われがちだが、違う。「昔」のことじゃないから、関わらずにいられない。女の尊厳を奪い続ける「男の言い分」に優しい社会は、戦前から変わってない。

週刊朝日 2017年6月30日号