マイルス・デイヴィス『ゴールデン・ギフト・パック』
マイルス・デイヴィス『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』

●マイルスは、おそかった

 ジャズを聴いていくと、遅かれ早かれ、必ず出会うことになるアーティストがいます。今回はそのひとり、マイルス・デイヴィスについて触れましょう。

 何度も書いているように私は幼い頃からジャズ・レコードのまわりで育ってきました。しかし、その殆どはドラマーのリーダー作でした。ドラムスを叩くことで生計を立てていた父が、「研究用・練習用」として買い集めたものがコレクションの主軸となっていたのです。

 だからなのかどうか、マイルスのアルバムが初めて原田家に入ってきたのは70年代も半ばごろだったと記憶します。もちろん当時のマイルスも、すでに押しも押されもせぬ人気ミュージシャンでした。なのにどうしてウチはマイルスと縁が薄かったのか。

 (1)ジャズ喫茶に大半の作品が揃っていたので、行ってリクエストすればよいと思った。

 (2)父のバンド仲間の誰かが必ず買っていたので(おそらく)、聴きたければそれを借りればよいと思った。

 このあたりが理由だったのではないか、と私はひとり推測しています。

●CBSソニーの破天荒なオムニバス盤で開眼

 うちの敷居を初めて跨いだマイルスのアルバムは、『ゴールデン・ギフト・パック』という2枚組LPでした。うーん、そんな作品あったかなあ、とディスコグラフィを開いているあなた、ちょっと待ってください。そこには載っていません。この2枚組は、マイルスのコロンビア(当時の国内発売元はCBSソニー)録音から何曲か抜き出したコンピレーション・アルバム(昔はオムニバスと呼んだ)なのです。

 装丁はいわゆるダブル・ジャケット形式ではなく、大き目の箱に、透明袋に包まれた2枚のLPが折り重なるようにして入っているというものでした。表紙は73年の来日公演で撮影されたのであろうマイルスのドアップ、裏ジャケには下を向いてラッパを吹くマイルスの写真を使っていて、その左には若きデイヴ・リーブマンの姿も確認できます。マイルスの頭上には"MILES DAVIS"というステージ照明(?)が輝いています。

 この『ゴールデン・ギフト・パック』は今も実家のどこかに紛れ込んでいるはずです。あいにく手元にないのですが、どんな曲が入っていたか、記憶をよみがえらせていきましょう。

 レコード1
 A面:ラウンド・アバウト・ミッドナイト、ストレート・ノー・チェイサー、オール・ブルース
 B面:アランフエス協奏曲、マイ・ファニー・ヴァレンタイン

 レコード2
 A面:フットプリンツ、イン・ア・サイレント・ウェイ~イッツ・アバウト・ザット・タイム
 B面:ロンリー・ファイア、ビッグ・ファン

 いやー、なんだかすごいですね。《マイルストーンズ》や《ソー・ホワット》がないのに《ロンリー・ファイア》が選ばれている…そんなコンピレーションが一時とはいえ普通に市販されていたとは不思議です。

 《ビッグ・ファン》は同名アルバムには入っていない、シングル盤オンリーのヴァージョン(のちにCD化されますが)。『ゴールデン・ギフト・パック』、私ならマイルス初心者に勧めたりはしないでしょう。

 しかし、この2枚組が我がマイルスの原風景なのです。「いろんな音楽をやるひとだなあ。だけどかっこいいなあ」と思いつつ、私はさらに親に“もっとマイルスのレコードを買って~”と、せがむようになりました。そして6歳の誕生日だったかに、当時の最新譜である『パンゲア』を与えられ、マイルスの世界にいやおうなく呑み込まれたのでした。

●《ファット・タイム》のエンディングは、音のガッツポーズだ!

 ジャズ喫茶で『ウォーキン』や『カインド・オブ・ブルー』や『バグス・グルーヴ』をリクエストし、『ビッチェズ・ブリュー』を貸レコード屋で借り、お金をためて『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』や『マイルス・イン・ベルリン』や『マイルス・イン・トーキョー』の廉価盤を買い(確か1800円で出ていたと思います)、プレスティッジ時代の作品は当時出始めの輸入盤復刻シリーズ=OJC(オリジナル・ジャズ・クラシックス)でかなり揃えました。

 FM番組が、復帰第1作『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』を発売に先駆けて全曲流すという情報を入手すると、自分の小遣いで買える中ではもっとも高価なカセットテープ(いわゆるタイプII、クローム・テープです)を奮発し、録音にそなえたことも思い出します。

 当時のFM番組は豪快でした。レコードのA面全曲を続けてかけ、数分間のしゃべりののち、B面全曲をかけるのですから、音質がどうのジャケットがどうしたなどと細かいことにこだわらなければ、これでLP1枚分の購入費が浮くのです。

 さあ、1曲目《ファット・タイム》がラジカセから流れてきました。マーチ風のドラムスに、音数を抑えたベースが乗り、そのまわりでギターが控えめに飛び交います。マイルスはなかなか出てきません。なにせ6年ぶりの復活です。ちゃんとトランペットを吹けるのだろうか、と11歳の僕は海の向こうの巨匠を案じつつ聴きました。

 が、それは杞憂でした。じらしにじらして登場したマイルスが放った最初の数音を聴いて、僕はすっかり気分が高揚しました。マイルスはやっぱりマイルスでした。『ゴールデン・ギフト・パック』のときからちっとも変わっていない、あの、マイルスの音が、ものすごい存在感で鳴り響いてきたではありませんか。やがてギターが白熱し、エンディングへ向けて加速一直線。エンディングの最後、ほんとうに最後の瞬間にマイルスが天を切り裂くような一音を発し、9分超のドラマは終わりを告げます。もし音にガッツポーズがあるとしたら、《ファット・タイム》のラスト・ノート以上にふさわしいものはありません。

「マイルス復活」がもたらした高揚、ドキドキ感…それをからだで知っているジャズ・ファンも、今では若くても40歳前後になるのでしょうか。

       

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