落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「思い込み」。

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 噺家の符丁で『つかみこみ』という言葉があります。意味は、他人が考えたクスグリ(ギャグ)や演出を許可なく使うこと。要するにネタをパクることです。

 どんなに落語が面白くなくても、金に汚くても、女にだらしなくても、人間的に問題があっても、『つかみこみ』するヤツよりはマシだ……みたいな空気が落語界にはある……かな。みな口には出しませんが、要は噺家としてのプライドの問題です。「他人のネタ、黙って使ってまでしてウケたいのか!(怒)」という。

 以前、どこかの落語会で私の考えたクスグリをある後輩がやってました。しかもウケてない。なんか精度が低い。やるならもっと結果出してもらいたいなぁー。惜しい。袖で聴いてて、なんとも言えない気持ちになりつつも、気が小さいので、

「おい! 何で俺のクスグリ黙ってやってんだ、ゴラァ!」

 とは言えず……。かといって、そのまま何も言わないのも悔しいので、高座から下りてきた後輩に、あくまで平静を装って、

「あのさ、今のネタ、誰に教わったの……?」

 とおそるおそる尋ねると。

「誰って……一之輔兄さんじゃないですか!!」

 そうだ。あのクスグリは私が二つ目の時、彼に教えたのだった。すっかり忘れてました。『思い込み』で彼を泥棒扱い(実際はビビって、扱ってはないが)してしまい申し訳ない。

 二つ目の時の、粗ーい練ってないクスグリ。そら精度が低いわけです。

「ホントにごめん。今はこんな感じでやってるから……」

 過去の自分に稽古をつけてるようで、なんか気恥ずかしいものでした。

 ところがです。こないだ、大学の落語研究会にいた時の記憶をよび起こしていると(落研の思い出をコラムに書くため)、T先輩にたどり着きました。

「Tさんの落語は面白かったなぁ……。くだらないクスグリたくさんで。あれも、これも、それも……あれ……あっ!!」

 
 近しい先輩に電話をすると、

「懐かしいねぇ! それ、Tさんが考えたクスグリだよ!(笑)でも、そんなどうでもいいことで電話してくんなよっ!!」

 そうだ。あのクスグリはTさんがやって爆笑したヤツだ。あまりに面白かったので、あの噺をやる時はやってみようかな……と思ってたんだった。時が経ちすぎて、自分のオリジナルだと思い込んでた……。

 Tさんに申し訳ない。そして、あたかも自分のオリジナルのように教えてしまった後輩にも。すぐ後輩に電話。

「……わざわざすいません。そのTさんによろしくお伝えください。ところでご用件はそれだけですか?(おそらく真顔)」

 冷たく電話を切られたが、後輩への筋は通した。しかし、Tさんの連絡先がわからない。

 ちなみにTさんのそのクスグリは落語『茶の湯』の知ったかぶりのご隠居さんが「茶筅(ちゃせん)」がわからず、「ほら、あれ持ってこい。茶碗をかき混ぜる……竹で出来た……ほら、下から見るとお尻の穴みたいな……そうそう! 『アナル・ザ・バンブー』っ!!」という最低なものだ。正直、笑うのは100人中3人くらい。クスグリの質はどうでもいい。Tさんに筋は通さねば。

 でも何でこんなクスグリ、自作だと思い込んでいたんだろう。

週刊朝日  2017年6月2日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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