“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、欧米金融マンの働き方から、日本の働き方改革に求められることは何かをテーマにつづる。

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 モルガン銀行東京支店長の在職時、ニューヨーク本店に1年間転勤していた部下が帰国したときのこと。

「藤巻さんが昼に2時間泳いで夕方5時に退社すること、ニューヨークでも有名で、みな知ってましたよ」と報告された。「へー、ばれているんだ。誰から聞いたの」「マイクです」「げっ、直属のボス! やばい」

 私は「会社に時間を売っているのではない。利益を売っている」とうそぶいていたが、米銀勤務だったからこそ通用した言葉だろう。

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 安倍政権が、残業時間の上限規制や同一労働同一賃金を掲げ、働き方改革を進めている。前進だとは思うが、モルガンで15年間、欧米人の働き方を見てきた身からすれば、まだ小粒の改革に思えてならない。

 一般的に欧米の金融マンは太く短い職業人生をめざす。短期間猛烈に働き、若くしてリタイアし、ためたお金で第二の人生を堪能する。それが理想のようだ。

 モルガン会長だったサンディ・ワーナーは48歳で社長になった。当時、彼より年上の幹部は少なかった。みな、若くして第二の職業人生へと歩むからだ。

 モルガンの資金為替部長経験者たちは退職後、「土に戻る」人が多かった。

 ワイン用のぶどう農場経営など、農業関係の仕事をする。一時は社長候補といわれたマーカス・マイヤー氏は若くして引退した直後には世界中に家を6軒持ち、順番にまわっていた。

 まさに世界を股にかけた国際金融マンの引退後らしい。出生地スイスに1軒の家を持ち、半分が自分の写真用スタジオ、半分が夫人のコーヒーショップ。夫人の地元ケンタッキーに綿花農場を買い、農場での経営会議があるとアメリカへと飛ぶ。イタリアのトスカーナ地方ではオリーブを植え、油を採取していた。

 所得税の累進カーブが急でないから、こうした「太くて短い」職業人生が可能だったと思う。日本のように累進カーブがきついと、猛烈に働いても不可能だろう。いっときに多額の収入を得ても、税の支払いで手元に残らないからだ。日本では「細くて長い」職業人生しか選択できない。

 
 欧米人の金融マンは、若いうちは長時間労働をいとわないように見える。出張の飛行機の中で、ほぼ全員がパソコンを開き、寸暇を惜しんで仕事する。成果が上がれば、報酬が増えるから当然かもしれない。限界を超えたと思えば、休む。それをとがめる人もいない。

 報酬が増えないとライバル会社に転職する。同一労働同一賃金も結果として進む。よい人材を保持するため、企業はそれ相応の賃金を払わざるを得ない。職場環境も良くしなければならない。低賃金やブラック企業だとわかると、従業員が他企業へと移るからだ。

 いつ首を切られるかわからず生活が不安定になる、と心配するなかれ。転職市場が発達し、求職にそれほどの困難・不安がない。

 4月13日の参議院財政金融委員会で、日本の労働分配率の低さが話題になった。当然だと思う。企業が人材喪失のリスクを感じなければ、賃上げのインセンティブは働かないからだ。

 日本人は終身雇用という安定と引き換えに、高収入をあきらめている。ドラスティックな働き方改革には所得税の累進カーブ修正、終身雇用制や年功序列制の廃止なども不可欠だ。

 こうしたしくみに抵抗感のある方もいるだろう。しかし、米国経済が輝いている理由の一つだと思う。

週刊朝日 2017年5月19日号