米国の大統領選で、泡沫候補と目されていたドナルド・トランプ氏。しかし、いまだトランプ氏の絶対有利説を主張する面々がいる。その理由をジャーナリストの田原総一朗氏が分析する。
* * *
政策論争というものがまったくなく、徹底した相手の非難合戦に終わった。アメリカのメディアは「史上最低のテレビ討論」だと決めつけた。10月9日に、民主党のヒラリー・クリントン前国務長官と、共和党の不動産王ドナルド・トランプ氏が行った、第2回テレビ討論のことである。
トランプ氏は当初、遅かれ早かれ途中で消える泡沫候補だと目されていた。トランプ氏の発言について、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストは、繰り返し「暴言」だと批判した。現に、メキシコとの国境に万里の長城のような壁をつくるとか、イスラム教徒の入国禁止とか、明らかに相手の民族を蔑視するような発言を繰り返した。
ところが、アメリカの新聞やテレビなどが「暴言」だと批判すればするほど、トランプ氏の支持率は上昇し、ついには共和党を代表する大統領候補になってしまった。
これは、どういうことなのか。ざっくり言えば、アメリカ国民の現状に対する不満がきわめて強く、トランプ氏の発言に、彼が現状を変えてくれるのではないか、という強い期待を抱いているということだ。
第2次大戦後、東西冷戦の中で、アメリカは西側の警察としての役割を務めてきた。ソ連の共産主義が世界に広がらないように、たくましい外交力と、膨大なコストをかけた軍事力によって、西側陣営を守ってきた。そしてソ連邦が崩壊した後は、世界の警察として各地の民族紛争を抑え、あるいはテロと戦ってきた。湾岸戦争、アフガン戦争、そしてイラク戦争などである。そのために莫大な予算をかけ、また多くの兵士たちの生命を犠牲にしてきた。
しかも、特にイラク戦争は、世界中から大失敗だと決めつけられた。アメリカ国内でも失敗という世論が決定的になり、だからイラク戦争に反対した、民主党のオバマ氏が大統領となったのであった。
これがトランプ氏の主張で、だからアメリカの新聞やテレビが「暴言」だと批判しても、確実に支持率を上げてきたのであった。
だが、11年前にトランプ氏が女性蔑視発言をした、とワシントン・ポストが報じると事態は大きく変わった。共和党のライアン下院議長までが「トランプ氏の応援をやめる」と発言し、少なからぬ下院議員、上院議員たちが支持の撤回を表明した。
トランプ氏は「ロッカールームの会話のようなものだ」と弁解しているが、アメリカのメディアは、トランプ氏の敗北が決定的になったような報じ方をしている。
だが、多数ではないが、アメリカの事情通たちの中には、トランプ氏絶対有利説を断固として主張する面々がいる。クリントン氏では現状は変わらない。それに対して、アメリカの利益第一で現状を変えるというトランプ氏を支持する国民が多く、英国がEUから離脱を決めたような現象が必ず起きる、というのである。それほど、アメリカ国民の現状に対する不満は強い、というのだ。
※週刊朝日 2016年10月28日号