ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン
この記事の写真をすべて見る

 昨年のクリスマスパーティーのとき、友人が面白がって『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』のSHM-CDを持って来てくれた。

 最近レコード業界で話題のSHM-CD(Super High Material CD)とは、通常のCDとは別種の液晶パネル用ポリカーボネート樹脂を盤面に採用したCDのことだが、従来のものより透明度が高く、レーザー光線による読み取り精度が向上、よって高音質であるというのが謳い文句のようだ。

「♪はっしゅなぅ~」と一聴するや、(これはアカンな~)(このSHM-CDシリーズは避けて買うようにしよう)せっかく持って来てくれた友人の手前、口に出さないまでも、そんなふうに思ったのを憶えている。

 どうも音が不自然なのである。こう言っちゃあ何だが、わたしの知ってる『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』はこんな音じゃない。

 通常のCDとSHM-CDは、比べると、たしかにパッと聴いてスグわかる違いがある。SHM-CDのほうが音色煌びやかで、余韻が長く、微細な音がよく再現されてるような感じがする。こっちのほうが音が良いと、何も知らない人が聞いたなら言うかもしれない。しかし、ジャズファンを何十年もやってて、これはおかしいと気付かないとしたらちょっと問題だ。

 ところが、SHM-CDに対する世間の風評は、おおむね良好。インターネットで検索しても、「あの手この手で旧譜を買わせようとするレコード会社の姿勢」に対する反発はあれど、「SHM-CDの音質が通常CDよりもよくない」と批判する者はほとんど皆無。これはいったいどうしたことか!?ひょっとして、わたしの感性のほうが疑わしいのか!?

 20ビットや24ビットCDと同じように、SHM-CDもどうせすぐに消えていくだろうと思っていたのだが、それどころか、SHM-CDの試聴会も盛況で、国内三社がSHM-CDの導入を決めたというニュースまで飛び込んできた!

 おいおい、ちょっと待った!どんなCDを売るかはレコード会社の勝手だが、買いたいタイトルのCDを、全部SHM-CD化されてもらっては困る、大いに困るのだ!

 本当にSHM-CDの音が良いかどうかを確かめるために、当店に散髪に来る音楽が好きそうなお客さん何人かに、SHM-CDと同じ音源の通常CDでブラインドテストをしてもらった。散髪中うつらうつらしている人に狙いを定め、突然CDをかけかえて、「さっきといまのとどっちが良い?」と訊くのである。CDが鳴らしておいてSHM-CDに変えることもあれば、その逆もある。まったくのブラインドフォールドテストであるが、油断していたはずのお客さんが、なんと約8割の確率で通常CDのほうが良いと判断。1割がSHM-CDのほうを良しとし、残り1割は違いがわからない様子だった。ホレ見ろ、わたしの判断は正しいではないか。

 何も当店の音響装置や、自分の感性を自慢しようというのではない。SHM-CDをかけて「良い音だ」と感じてしまうのには、まさにオーディオの根幹に係わる、ある重大な秘密が隠されていたのだ。(つづく)

【収録曲一覧】
1. ドント・エクスプレイン
2. ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ
3. ホワッツ・ニュー
4. 恋に恋して
5. イエスタデイズ
6. ボーン・トゥ・ビー・ブルー
7. スワンダフル

[AERA最新号はこちら]