米国の大手メディアの“リストラ”について、ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる津田大介氏は、今後の報道の在り方について考察する。
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ニューヨーク・タイムズがこの夏から下した決定が大きな波紋を呼んでいる。同紙は米3大全国紙の一つだが、同時にニューヨーク市の通勤圏内であるトライステートエリア(ニューヨーク州、ニュージャージー州、コネティカット州)をカバーするローカル紙としての顔も持つ。ところが、8月28日付日曜版からニューヨーク市中心部以外のレストランや劇場公演、アートギャラリーを紹介する記事がなくなったのだ。
リストラはこれだけに留まらない。同紙は今後、トライステートエリアで起きた火事や交通事故、殺傷事件、裁判といった、人手や手間がかかるストレートニュースを減らす方針を決めた。背景には、売り上げ減に伴うコスト削減の徹底と、対象読者についての方針転換がある。
同紙はここ数年、デジタル版の拡充に力を入れてきた。配達の必要がないデジタル版ならば、国を超えて購読される可能性があるからだ。現状、米国での購読者数が頭打ちのため、英国や中国など、海外の有料読者を獲得することで生き残りを図るしか道はない。そこでコストがかかる割に海外からは見向きもされない「ローカル」な記事は減らしていこうという方針が決定されたのだ。
しかし、これは深刻な問題を孕む。ローカル報道や地方紙の衰退がもたらす社会的悪影響は大きいからだ。そのことを如実に示したリポートが、米連邦通信委員会(FCC)による2011年に発表された「コミュニティーから見たニュースの需要」だ。同リポートによれば、06年から10年のあいだにかけて新聞記者の数は25%、テレビや雑誌の記者は1980年代の半分まで減ったそうだ。リポートの中で注目を集めたのはローカル報道の有無と政治の関係だ。ローカル報道が減ったことで多くの不祥事がいたるところで発生するようになった。
これは、日本の全国紙やキー局が永田町の問題を中心に報道してきたため、東京都政の問題が十分に報道されないエアポケットとなり、それが豊洲への市場移転を巡るゴタゴタの原因になったこととも無関係ではない。肥大化した行政を止められるのは、政治よりも優れたローカル報道なのだ。
ローカル報道のノウハウは地方紙にある。そのノウハウを、紙以外のデジタルでどうお金に換えていけるか。NPOとの協働やクラウドファンディングの活用など、様々な試行錯誤を行うことで未来に続く道を模索していくしかない。
※週刊朝日 2016年10月7日号