ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏は、高額転売が問題視されている音楽の「チケット販売システム」について論じる。

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 音楽業界の重鎮と著名アーティストたちが名を連ねた意見広告が関東・関西・中京圏の8月23日の朝日新聞と読売新聞の朝刊に掲載され、ネットで大きな話題を集めた。

「私たちは音楽の未来を奪うチケットの高額転売に反対します」というメッセージが、広告の一番上にひときわ大きな文字で書かれていた。

 人気コンサートのチケット高額転売は「古くて新しい問題」だ。東京都の場合、1960年代ごろから後楽園球場付近に100人前後のダフ屋がたむろし、野球やコンサートの観客につきまとったり、押し売りを行ったりしたことが社会問題になった。

 こうした行為を禁止するため、迷惑防止条例が制定され、全国に広まっていった経緯がある。近年ではコンサート会場の警備や、警察による取り締まりが厳しくなったこともあり、2000年を超えるころにはコンサート会場周辺でダフ屋を見かけることは少なくなった。

 しかし、これでダフ屋や転売行為が撲滅されたわけではなかった。ダフ屋や転売行為者がコンサート会場周辺ではなく、ネットにその場を移していったからだ。ネットオークションサービスや、個人間フリマアプリが普及したことで、暴力団関係者だけでなく、一般の人も逮捕されるリスクを取らずに転売できるようになったため、チケットの“高額化”に拍車がかかったのだ。今回音楽業界がこのような強いメッセージを打ち出した背景にはそうした事情がある。

 高額転売は何がまずいのか。それは、転売で上乗せされる分が、音楽業界やアーティスト、ファンにまったく還元されないことに尽きる。ファンにとっては本来払わなくてよかった追加料金であり、上乗せ分がアーティストや事務所の収入になるわけでもない。このことがもたらす損失は確かに大きい。

 
 しかし、長年日本の音楽業界がこの問題に対して手をこまねいていたことも忘れてはならない。

 米国の音楽業界も同様の問題を抱えていたが、10年ほど前から、コンサート運営側が公式にチケット流通サービス(オークション)を用意して、高額になったチケットからは相応の手数料を取るなど、対策を次々に講じ、結果も出している。

 嵐や、ももいろクローバーZといった人気アイドルグループのコンサートでは、既に購入した人間が転売できないよう、顔認証システムが導入されている。

 スマホの画面を見せて認証することで他人に転売がしにくい電子チケットシステムをキャリアと一緒に開発するのもありだろう。そうした対案なしに反対声明を出したところで絵に描いたにしかならない。

 利用者のモラルに訴えかけてもこの問題は解決しない。客らに文句を言ってるヒマがあるのなら、その時間やコストをいまだ「紙」の発券にこだわる旧態依然としたチケット販売システムの改革に充てるべきだ。

週刊朝日  2016年9月9日号

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津田大介

津田大介

津田大介(つだ・だいすけ)/1973年生まれ。ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。ウェブ上の政治メディア「ポリタス」編集長。ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる。主な著書に『情報戦争を生き抜く』(朝日新書)

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