

ヘレン・メリルを初めて聴いたのは、わたしが19の春でした。
70年代の半ば、東京に出てきて、ジャズ好きの友人ができ、ジャズ喫茶めぐりの楽しさを知ったころだ。
「どんなジャズが好きなの?」とたずねられて、「ボーカルとギターかな」とこたえると、友人は、小声で、「ジャズ・ファンの間では、ギターは、ちょっと扱いが低いんだよな」といい、「ボーカルに関しては、ジャズじゃない、という人もいるくらいだ」と教えてくれた。
ロックについては、それなりに聴いているぞ、という自負を持っていたわたしではあったが、ジャズについては、まだまだ知識不足であった。そこで、ジャズ好きの友人に指南してもらうことにしたのだ。その友人が、わたしの好みにあわせて勧めてくれた一枚が、『ヘレン・メリル・ウイズ・クリフォード・ブラウン』だった。
まず、ジャケットに驚いた。当時はLPの時代、30cm四方の枠の中で、眉間にしわを寄せ、今にもマイクに噛みつきそうな表情をした白人女性の顔が、ドアップでせまってきた。そして、その音楽にぶっとんだ。のちに、「ニューヨークのため息」とよばれていることを知るその歌声。それは、わたしの周囲にはいない種類の女性の歌声だった。そして、クリフォード・ブラウンのトランペット。それまで聴いてきたマイルスとは違う、溌剌とした響きだった。その後、クリフォード・ブラウンとヘレン・メリルのレコードを探す日々がはじまった。
ヘレン・メリルの作品では、ビル・エバンスを迎えた『ザ・ニアネス・オブ・ユー』やオーケストラをバックに歌う『ヘレン・メリル・ウィズ・ストリングス』などを愛聴したが、もう一枚、忘れることができないのが、『ヘレン・メリル・シングス・ビートルズ』だ。このアルバムでのパートナーが今回も参加する佐藤允彦(p, elp, arr) だ。
ヘレン・メリルは、1960年に初来日し、60年代後半から70年代はじめにかけて日本で暮らしていたこともあり、邦人ミュージシャンとの作品も数多くある。今回は、そのなかでも、63年の初共演からはじまる尺八の人間国宝、山本邦山、そして、佐藤允彦とのプロジェクトということになる。
54年の初レコーディングから歌い続けるヘレン・メリルの今の「ため息」を聴きに行きたい。
■公演情報は、こちら
http://www.bluenote.co.jp/jp/artists/helen-merrill/