JimmyJazz店内、スピーカーを設置した側の壁には鹿の剥製があって、外の通行人に向かって睨みをきかせている。
「今どき鹿の剥製なんて、コントに出てくる金持ちの家じゃあるまいし」と、苦笑されるかもしれない。しかし、古くから関西にお住まいのジャズファンなら、「はは~ん」と思い当たることがあるかもしれない。そう、今はなきジャズ喫茶、あの名店を真似たのである。
鹿の剥製のジャズ喫茶、その名も「バンビー」。大阪の道頓堀にあった「バンビー」は、巨大な鹿の剥製と、これまた巨大なJBLの家具調スピーカー「パラゴン」が鎮座する人気スポットで、ミナミへ出かけたときには、必ず立ち寄って香り高い珈琲を飲んだものだ。
チャーリー・パーカーやクリフォード・ブラウンのパネルを飾り、いかにもジャズの店でございますと言いたげな当店とは違い、「バンビー」はジャズマンの写真など一切なしで、ロートレックのリトグラフを飾った店内は、趣味の良い大人の空間。
オーディオ装置といい、鹿の剥製といい、ちょっとやそっとで手に入るような代物ではないことは、誰の目にも明らかだった。
「バンビー」のスピーカー「パラゴン」は、わたしの憧れだったが、鹿の剥製はそれよりもっと欲しかった。でも鹿の剥製なんて、いったいどこへ行けば売ってるんだろう???
以前に一度、神戸三宮の輸入家具を扱う店で見かけたことがあった。あの堂々とした「バンビー」の剥製とは似ても似つかぬショボい剥製が22万円。それでもすごく欲しかったが、躊躇してたら阪神大震災で店ごと消失してしまった。それから間もなく「バンビー」も閉店。
剥製のことなどすっかり忘れて10年以上の歳月が過ぎた。ちょうどその頃、ネットオークションが流行りだして、仲間たちはオーディオ製品が落ちたの落ちないので盛り上がっていた。特に欲しいものがあるわけでもないわたしは、オークションに興味がなかったが、ふと思い出して検索をかけてみた。
「鹿 剥製」
おお!蝦夷鹿の剥製が、なんと1000円で出ているではないか!これは居ても立ってもいられない。弟に頼み込んで入札してもらった。
「こんなもんにホンマに入札してエエの?」と躊躇う弟。エエに決まっとるやないか。はよ入札せんかい!すると、どこかの古物商とおぼしきオッサンが競ってきた。オッサンというのは想像だが、1000円の鹿の剥製を欲しがるお姉ちゃんなどおらんだろう。
結局3000円で落札した蝦夷鹿の剥製。JimmyJazzに届いた夜は、動物愛護団体の人に抗議されるのではないかと、興奮してなかなか眠れなかった。
しかし、所詮は3000円で落札できる程度の剥製くんなので、小ぶりで成型が悪く、「蝦夷鹿」というくらいだから、ちょっとテイストが和風である。もう少し立派で、アメリカ大陸に生息してそうなオジロジカの剥製に狙いを定めて待つこと数ヶ月。落札した二頭目が、今JimmyJazzの壁に掛かっている。このように立体的な造形物が壁の真ん中から突き出ているのは、フラッターエコーを抑止するので音響的にも良いのである。
在りし日の「バンビー」で、フィル・ウッズの『ウッドロア』を聴き、JBLパラゴンのエモーショナルな表現力に驚いた。『ウッドロア』は、当店でかけるとのっぺりと単調に聞こえるので嫌気がさし、さっさとCDを売り飛ばしてしまったのだ。
あれから少しは立派になった当店のスピーカーで、あらためて買いなおした『ウッドロア』を聴く。今だから言えるが、じつはあの音は、「パラゴン」ではなく、巨大な鹿の剥製が鳴らしていたのだ。
【収録曲一覧】
1. ウッドロア(テイク3)
2. フォーリング・イン・ラヴ・オール・オーヴァー・アゲイン
3. ビー・マイ・ラヴ
4. オン・ア・スロウ・ボート・トゥ・チャイナ(テイク3)
5. ゲット・ハッピー
6. ストローリン・ウィズ・パム
7. ウッドロア(テイク1) (ボーナス・トラック)
8. ウッドロア(テイク2) (ボーナス・トラック)
9. オン・ア・スロウ・ボート・トゥ・チャイナ(テイク1) (ボーナス・トラック)
10. オン・ア・スロウ・ボート・トゥ・チャイナ(テイク2) (ボーナス・トラック)