標題作の「求愛」は、南米のコロンビアへ出かける「おれ」のラブレター。「おれ」の女房は「おれ」よりも九歳年上のトラック運転手と逃げ、「きみ」の御亭主も家を去って三年たつ。偶然、発車間ぎわの新幹線で隣席に座った高校同級生の「きみ」と「おれ」は、お互いケータイを取り出して軀を寄せあい、メールで話しつづける。このシーンはロマンチックでエロで、映画みたい。たちまち恋仲となり、性の合性はもう試験ずみだ。「おれ」は五十一歳である。コロンビアで二カ月ほど過ごすが生きて帰ればまっすぐに「きみ」のところへ行く……。

 瀬戸内さんが手術後、2015年5月号に書いた「どりーむ・きゃっちゃー」は、「おれ」が性交中に91歳の魅力的な女性からケータイに電話がかかってくる。なんだか瀬戸内さんがモデルみたい。枕の端に突っこんだケータイをとりあげると、時刻は23時45分。「おれ」は「腰を引きつけようとする女」の口をふさぎ、右手のケータイを耳に押し当てる。「どりーむ・きゃっちゃー」は、「おれ」が南米の通りすがりの町で、インディアンの女から八ドルで買った安物の工芸品で、ベッドの真上に吊るしておくと、すばらしい夢をみるという。

 それを91歳の女性の部屋に吊るしてやった。91歳の女性とはキスひとつしたことはなかった。

 ベッドで女と寝ている最中に真夜中の電話がかかり、「おれ」は女の首を左手で巻いた。すると……。

 こうなるとスリラーですね。「天国と地獄を同列に見せるのが性である」という瀬戸内さんの人間認識は、『求愛』の30篇の粒子となって躍動している。

 昭和32年の発表時、ポルノと断罪された『花芯』が、映画化されます。寂庵へ訪れた主演女優の村川絵梨さんの写真を「寂庵だより」で見た。この小説によって瀬戸内さんは、5年間、文芸雑誌に発表の機会を与えられなかった。『花芯』がどのように映像化されるか興味はつきないが、隔世の感がある。

 戸棚にあった瀬戸内さんの名著『烈しい生と美しい死を』(新潮社)を取り出して、じっくりと再読してしまった。

週刊朝日  2016年6月3日号

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