特に、昨年9月にプーチン氏が部分動員と称して大量の一般市民を強制的に戦場に送り込む決定をしたことは、開戦後初めて、ロシア社会を大きく動揺させた。国外に逃れる若者が国境に列をなし、政権は火消しに追われた。

 現状、プーチン氏の思惑はすべて外れたと言っても過言ではない。

 だが、プーチン氏が失意のうちにこのまま引き下がるかと言えば、むしろ逆だろう。

 今年の見通しを占う上で、最重要な要素は、来年3月に予定されている大統領選だ。

 プーチン氏は2020年に憲法を改正して、元々は禁じられていた来年の大統領選立候補に道を開いた。当選すれば30年まで、通算5期26年間、77歳まで大統領を務めることになる。

 改憲の時点で、プーチン氏はどういう状況で来年の大統領選を迎えるかについて綿密に計算していたはずだ。

■5期目への決意表明

 昨年2月というウクライナ侵攻のタイミングも、プーチン氏が描いた大統領選に至るロードマップの中に位置づけられていたはずだ。

 ここで念頭に置かれたのは、14年のクリミア占領の成功体験だったろう。当時、プーチン氏の人気は沸騰。政権は18年の大統領選の投票日を、4年前に併合を宣言した「記念日」の3月18日に設定した。

 18年の大統領選の場合、プーチン氏は前年の12月に立候補を宣言した。その前の12年の大統領選では、前年の9月だった。

 これらの前例をみれば、今年中に5期目への決意表明をすることが想定される。有力紙コメルサントは先月、ロシア大統領府が次期大統領選に向けた準備に着手したと報じた。

 プーチン氏は「勝利」のムードの中で大統領選を迎えるというシナリオを、なんとしても実現したいはずだ。開戦時に掲げた目標には届かずとも、形だけは「勝利」を一方的に主張できるような状況を作り出すことが、政権の最優先課題だ。

 1月11日にロシア軍制服組トップのゲラシモフ参謀総長が侵攻作戦の総司令官に就任した人事も、こうした文脈の中に位置づけられよう。

 欧米の主力戦車が前線に投入される前に軍の総力を傾注して「勝利」を急ぐプーチン氏の眼中に、戦火に生活を破壊されているウクライナの人々の苦しみなど映っていないのだ。(朝日新聞論説委員、元モスクワ支局長・駒木明義)


AERA 2023年2月20日号

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