落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「格差」。

*  *  *

 小学4年生の年度始め。新しい緊急連絡網のプリントを見ると、私の次はMくんだった。

「なんかあったら電話するよー」

 と声をかけると、Mくんは、「あぁ……」

 と視線を落とす。なんだろう? いつもは元気なのに、ちょっとおかしい。

 ひと月くらい経ったある日の夕方、緊急連絡網で電話がかかってきた。電話を受けた私は、

「お母さーん、連絡網で明日◯◯持ってきてだってさー!」

 と言うと、母は、

「あー、そんな用なら自分でMくんに電話しときなよー!」

 電話するとすぐに相手が出た。「はい。イトーヨーカドー◯◯店、総合案内受付でございます」

「?……あのぉ、4年◯組の川上です」

「こちらはイトーヨーカドーですが」

「え、間違えましたっ!!」

 3回かけたら3回ともイトーヨーカドーにかかった。どうやらMくんちの電話番号は間違いなくイトーヨーカドーらしい。

「まだ取り次ぎのお願いしてないんだわね……」

 母がつぶやく。

 Mくんちには電話がなく、お母さんの職場に電話して、お母さんを呼ぶ手はずだったらしい。

 その当時(約30年前)、さすがに電話のないうちは少なかった。それから私のなかで、「Mくんは可哀想な家の子」で、失礼にも、哀れんだ目で見るようになってしまった。

 
 しばらくして、母に連れられイトーヨーカドーへ。母は店員さんと話をしている。髪を後ろに束ねた、若い女の人だ。Mくんのお母さんだった。しかも美人だ。我が母と並べると親子ほど年が離れてるようにも見えた。

「全然可哀想じゃない、むしろうらやましい……」

 Mくんを哀れむのはこの日からやめた。

 今思えば、我が家だって決して裕福ではない。当時、私が考えていた、裕福な家の子の条件。

「自宅でお誕生会を開き友達を招く」「ファミコンの本体を持っている」「新品の5段変速ギア付き自転車を持っている」「平屋じゃない」「150センチ以上のクリスマスツリーを飾る」「ビックリマンチョコを箱買いする」「夏休みに長期旅行に行くのでラジオ体操を10日以上休む(平気な顔で)」「子供部屋に冷房がある」「おやつにエクレアとサイダーが出てくる」「共働きでない」などなど。

 このすべてに当てはまる子はクラスに1人しかいなかった。だいたいがそこそこの暮らしだったみたいだ。

 ちなみに我が家には「共働きでない」のみ当てはまる、と思っていたのだが……。母は毎夜ルービックキューブを作っていた。趣味で、ではなく箱詰めまでの工程を。ものすごい量を。

 ……内職じゃないか。

 昼間は近所のベルトコンベヤーのあるお宅で、くっちゃべりながら何かの組み立てをしていた。私は変わったカタチの「奥様方の集い」かと思っていたが。

 ……工場のパートじゃないか。

 でも、まぁクラスメートのお母さんもけっこういたし。おしなべて、みんなそんな感じだったのだろうか。「つらい」と不平を言うわけではなく、これが中流だと思っていた。

 夜中に親父のみやげの寿司折りを4人姉弟でつつくのが、ホント楽しみだったのだ。

週刊朝日 2016年5月20日号

[AERA最新号はこちら]