落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「格差」。
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小学4年生の年度始め。新しい緊急連絡網のプリントを見ると、私の次はMくんだった。
「なんかあったら電話するよー」
と声をかけると、Mくんは、「あぁ……」
と視線を落とす。なんだろう? いつもは元気なのに、ちょっとおかしい。
ひと月くらい経ったある日の夕方、緊急連絡網で電話がかかってきた。電話を受けた私は、
「お母さーん、連絡網で明日◯◯持ってきてだってさー!」
と言うと、母は、
「あー、そんな用なら自分でMくんに電話しときなよー!」
電話するとすぐに相手が出た。「はい。イトーヨーカドー◯◯店、総合案内受付でございます」
「?……あのぉ、4年◯組の川上です」
「こちらはイトーヨーカドーですが」
「え、間違えましたっ!!」
3回かけたら3回ともイトーヨーカドーにかかった。どうやらMくんちの電話番号は間違いなくイトーヨーカドーらしい。
「まだ取り次ぎのお願いしてないんだわね……」
母がつぶやく。
Mくんちには電話がなく、お母さんの職場に電話して、お母さんを呼ぶ手はずだったらしい。
その当時(約30年前)、さすがに電話のないうちは少なかった。それから私のなかで、「Mくんは可哀想な家の子」で、失礼にも、哀れんだ目で見るようになってしまった。
「全然可哀想じゃない、むしろうらやましい……」
Mくんを哀れむのはこの日からやめた。
今思えば、我が家だって決して裕福ではない。当時、私が考えていた、裕福な家の子の条件。
「自宅でお誕生会を開き友達を招く」「ファミコンの本体を持っている」「新品の5段変速ギア付き自転車を持っている」「平屋じゃない」「150センチ以上のクリスマスツリーを飾る」「ビックリマンチョコを箱買いする」「夏休みに長期旅行に行くのでラジオ体操を10日以上休む(平気な顔で)」「子供部屋に冷房がある」「おやつにエクレアとサイダーが出てくる」「共働きでない」などなど。
このすべてに当てはまる子はクラスに1人しかいなかった。だいたいがそこそこの暮らしだったみたいだ。
ちなみに我が家には「共働きでない」のみ当てはまる、と思っていたのだが……。母は毎夜ルービックキューブを作っていた。趣味で、ではなく箱詰めまでの工程を。ものすごい量を。
……内職じゃないか。
昼間は近所のベルトコンベヤーのあるお宅で、くっちゃべりながら何かの組み立てをしていた。私は変わったカタチの「奥様方の集い」かと思っていたが。
……工場のパートじゃないか。
でも、まぁクラスメートのお母さんもけっこういたし。おしなべて、みんなそんな感じだったのだろうか。「つらい」と不平を言うわけではなく、これが中流だと思っていた。
夜中に親父のみやげの寿司折りを4人姉弟でつつくのが、ホント楽しみだったのだ。
※週刊朝日 2016年5月20日号