「良い音してますねえ」と誉められた。当店のオーディオ装置のことを、お世辞でそんなふうに言ってくれる客人も多いから、手放しで喜んでばかりもいられない。だが、そのときかかってたのが、なんとビックス・バイダーベック1927年録音の『シンギン・ザ・ブルース』だったのだ。
だいたいにおいて、ジャズファンという人種は古いものが好きで、『サキソフォン・コロッサス(ソニー・ロリンズ)』の録音された1956年なんて、もう昨日のことのように話す人ばかりである。
しかし、'50年代前半になると話題にのぼる率がぐっと減り、ビ・バップ全盛の'40年代で激減、スウィングの'30年代となると、もう干乾びた化石を見るかのよう。
たしかに古色蒼然とした演奏スタイルの古めかしさはあるものの、それ以前に録音の古さ、「鑑賞に耐える録音状態ではない」という先入観こそが、これら'40年代以前のジャズがあまり聴かれない理由なのではないか。
いくら古いといっても、その時代の一流音楽家の演奏。素直に聴けば、それはそれは良いものだ。古いの古くないのといったら、マイルスの「ヒューマン・ネイチャー」だって、ハンコックの「ロック・イット」だってじゅうぶん古い。バイダーベックだけ古いというのは単なる偏見である。こうしていろんな時代の音楽を、幅広く楽しめるようになってこそ、オーディオという道具は真価を発揮すると思うのだ。
さて、レコードをかけてた頃は、盤の埃がパチパチするのか、それとも元からパチパチ音が入ってるのかわからず、聴いててずいぶんイライラさせられたものだが、幸いなことに、デジタル時代になって、古い音源のパチパチノイズは極小になった。あとは、ただ正確に音楽を拾い出すのみである。
面白いのが、最新鋭のハイエンド・オーディオをもってしても、ビックス・バイダーベックはなかなか良い音で鳴ってくれないこと。再生音に虚飾があると、コルネットと共にすぐさまキーキーと付帯音の悲鳴があがるのだ。
そんなわけで、当店の音質チェックには、バイダーベックをはじめ、ファッツ・ウォーラー、ジミー・ドーシーなど、'40年代以前の古い音源が重宝する。こういうのがちゃんと鳴ってくれたら、最新優秀録音盤だってちゃんと良い音で鳴るのである。
あと、ジャズファンがオーディオに懲りだすのとは逆に、オーディオを買ってからジャズを聴き始めるパターンが意外に多いことを、ジャズファン諸兄はご存知だろうか。どちらが良い悪いでなく、ジャズファン層とオーディオマニア層は、微妙にクロスオーバーしている。
良いスピーカーを買うと、俄然ジャズを聴くのが楽しくなる。J-POPやロックを聴くよりも、「それらしい音」がするからだ。
「それらしい音」がする代表的なのが'50年代ジャズで、そこから興味が広がっていく人も少なからずいる。言い換えると、'50年代ジャズ以外はうまく鳴らせないということなのだが、それはそれでジャズの入り口として立派に機能しているので、この際堅いことは言わない。
しかし、それ以降オーディオのスキルに上達がないなら、'50年代ジャズしか聞いて楽しくない状態がずーっと続くわけで、やれ電化マイルスは嫌だ、フュージョンは邪道だとか駄々をこねる頑固者を輩出する原因のひとつになってるかもしれない(わたしもそうでした)。
繰り返し言うが、いろんな時代の音楽を、幅広く楽しめるようになってこそ、オーディオ装置は真価を発揮する。自家用タイムマシーンと思えば、オーディオに何百万かかろうと安いものではないか。
【収録曲一覧】
1. Trumbology
2. Clarinet Marmalade
3. Singin' The Blues
4. Ostrich Walk
5. Riverboat Shuffle
6. I'm Coming Virginia
7. Way Down Yonder In New Orleans
8. For No Reason At All In C
9. Three Blind Mice
10. Blue River
11. There's A Cradle In Caroline
12. In A Mist (Bixology)
13. Wringin' And Twistin'
14. Humpty Dumpty
15. Krazy Kat
16. The Baltimore
17. There Ain't No Land Like Dixieland To Me
18. There's A Cradle In Caroline
19. Just An Hour Of Love
20. I'm Wonderin' Who