アガルタ/マイルス・デイヴィス
アガルタ/マイルス・デイヴィス
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 当店のようにパソコンで音源を管理してると、“Jazz”“Rock”“Blues”“Oldies”等、頼んでもいないのにソフトウェアが勝手にジャンル分けをしてくれる。ほとんどがジャズだから、普段はあんまり気にしないのだが、たまに“R&B”とかの表示になっていて、手動で訂正したりもする。

 ルー・ドナルドソンとかが“R&B”に分類されるのは、まあわからないでもないが、たとえばマイルス・デイヴィスの『オン・ザ・コーナー』なんかは、どう分類すべきか、ちょっと悩む。

「マイルスがジャズでなくて何なのだ!?」という論法でいけば、『オン・ザ・コーナー』も当然“Jazz”ということになるが、ルー・ドナルドソンとどっちがジャズに近いかというと、スタイル的にはルー・ドナルドソンのほうだったりして。じゃあやっぱりルー・ドナルドソンも『オン・ザ・コーナー』も“Jazz”だ。

 サンタナなんか、正真正銘のロックグループだと思うけれど、『キャラバン・サライ』なんか聴いてると、これは「ネイチャー・ボーイ」か「アランフェス交響曲」かと思うようなマイルス・トリビュートぶりで、'70年代初頭、互いに交流のあった両者に共通のサウンドも随所に聴き取れる。ワウワウギターの「ルック・アップ」なんて、まるで『アガルタ』みたいではないか。

 白状すると、つい最近(ほんの数年前)まで、わたしは『アガルタ』をはじめとする電化マイルスが、まったく理解できなかった。アコースティックなマイルスはわかる、楽しめる。ロックが嫌いなわけでもなく、サンタナやジミ・ヘンドリックスも好きだ。でも、それらにサウンドがそっくりな『アガルタ』がわからない。長いし、すぐに眠くなる。

 思えば、わたしも昔はロック少年で、大量にレコードを集め、かなり聴き込んだという自負もあった。ジャズを聴くようになり、ロックを聴いて培ってきた感性が、まるっきり通用しないことにショックを受けたわたしは、白紙の状態で、一からジャズ鑑賞を始めることにした。

 やがて所有するジャズレコードの枚数が、ロックやポピュラー音楽を上まわり、圧倒的にジャズを聴いてる時間が他の音楽を聴く時間を追い越して行った。こともあろうか「ジャズの聴ける理容室」を開店し、すっかり「マスターはジャズの人」みたいな顔をしているが、いまだに「ロックあがり」の意識が抜けないでいる。

 そんなわけで、ディストーションのかかったギターの音を聴くと、スイッチが切り替わるように、瞬時に耳が「ジャズ耳」から「ロック耳」へと切り替わるのだ。

 あるとき、定休日に店に来て、普段の営業中にはかけない『アガルタ』をぼんやり聴いていると、へヴィーにバシャバシャいってたアル・フォスターのドラムが、だんだんとタイトに、尻上りになってきて、「なるほど、これはロックの形態をとってるけど、ファンクのようでもあるなー」などと生意気にも思いながら、さらに聴く。

 そうか、ブルースか。いや待て!これはジャズだ!マイルス・デイヴィスはジャズなんだ!

 衝撃が走った!ロックだと思って聴くからわからなかったのだ。なんだ、ジャズじゃないか!『アガルタ』『パンゲア』『ジャック・ジョンソン』『オン・ザ・コーナー』から『スター・ピープル』『デコイ』まで、難解でわからなかったマイルス盤が、ダーッと将棋倒しのようにわかるようになったのだ。

「マイルスはジャズではない」説を唱える人は多く、特に反論するつもりもないけれど、わたしは逆に「マイルスはジャズだ」と認識したとたん、電化マイルスを受け入れることができた変り種である。

【収録曲一覧】
ディスク:1
1. アガルタヘのプレリュード
2. マイシャ

ディスク:2
1. インタールード~ジャック・ジョンソンのテーマ

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