ビッチェズ・ブリュー・リヴィジテッド
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比較的マシなマイルス・トリビュート・バンド
New York 2010 / Bitches Brew Revisited (Cool Jazz)

 過去、マイルス・デイヴィスに関するトリビュート・アルバムには、ろくなものがなかった。いま思わず断言してしまったが、ありましたか? ないですよね。同じく、過去、マイルスのトリビュート・バンドにもろくなものがなかった。とくにひどかったのが、マイルス・イン・インディアというプロジェクト。そして、チルドレン・オン・ザ・コーナーというバンドではなかったでしょうか。

 マイルス・イン・インディアは、まったくのアイデア倒れで、よくもこれだけ豪華なメンバーを集めながら、ここまでトホホなことができるなあという、それはものすごい上げ底企画でした。一方のチルドレン・オン・ザ・コーナーは、シャキシャキと元気なだけがとりえの体育会系バンド。そこには『オン・ザ・コーナー』の気配すら感じられませんでした。いや、別に感じられなくてもいいのですが、聴いていて、ちっともコーフンさせてくれないし、面白くないのです。

 では、ビッチェズ・ブリュー・リヴィジテッドというプロジェクトはどうでしょうか。リーダーがグレアム・ヘインズというところが、期待を抱かせます。ギターがジェームス・ブラッド・ウルマーという点も高ポイントです。ターンテーブルでDJロジックが参加しているのも、なんとなく頼りがいがあります。ドラムスのシンディ・ブラックマンはトニー・ウイリアムスの信奉者ということで、信頼できるかもしれません。そしてサックスは、ウォレス・ルーニーの弟アントワン・ルーニーと、これはある意味で鉄壁の布陣ではないでしょうか。

 おお、これは期待していたほど悪くないかも(この表現、矛盾していますね)。先に挙げたインディアやチルドレンに欠けていた知能というものが備わっています。レパートリーを『ビッチェズ・ブリュー』に絞ったことも奏功しています。そしてポイントは、ビッチでブリューな音楽を、ロスト・クインテットの精神と音楽性で対処しようとしているところでしょう。だからウルマーがいても、おかしくないわけです。

 ただし、やっぱり笑ってしまうのは、しかたのないことなのでしょう。こういう企画は、誰がどうやったところで「ごっこ」になってしまうわけで、グレアム・ヘインズ以下、みんなマジで「ビッチェズ・ブリューごっこ」をして、まあいってみれば「真似っこ」でもあるのですが、適度にオリジナリティをかませながら、なかなかよくできています。それに、もともとかっこいい音楽ですから、じつにサマになっている。

 これ、なまじ『ビッチェズ・ブリュー』を知らない耳のほうが純粋に楽しめるのかもしれません。最後は『オン・ザ・コーナー』から《ブラック・サテン》の登場となるのですが、よくぞ再現してくれました。レコードそっくりですよって、なーんだ、会場にレコードを流していたんじゃないですか。そして、このレコード、つまり本物のマイルスがいちばんすごい。こういう演出は、彼らにとって不利だったのではないかと同情します。

【収録曲一覧】
1 In A Silent Way-Pharaoh's Dance
2 Bitches Brew
3 Sanctuary
4 Miles Runs The Voodoo Down
5 PA:Black Satin
(1 cd)

Graham Haynes (cornet) James Blood Ulmer (elg) Marco Benevento (elp) DJ Logic (turntables) Antoine Roney (bcl, ts) Melvin Gibbs (elb) Cindy Blackman (ds) Adam Rudolph (per)

2010/6/19 New York

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