再びハリウッド・ボウル&奇跡のラスト・イヤーズ
Live At The Hollywood Bowl (Sapodisk)
またしても出ました、ハリウッド・ボウル。もちろん、時期もメンバーもちがいますが、思わず以前のハリウッド・ボウル物で書いた文章をリサイクルしたくなります。いわく「カーネギー・ホールとかヴィレッジ・ヴァンガードとか、音楽ファンにとっては、自由の女神やセントラル・パークといった名所、観光地よりも大切な重要な場所があります。ぼくにとっては、ずっと長い間、ロセンゼルスのハリウッド・ボウルがそうでした」
上記の文章のあとは、ハリウッド・ボウルがなぜ特別なのかということを書いているわけですが、そこまでリサイクルしたら怒られます。そこで(というわけではないのですが)、10月1日に刊行される『マイルス・デイヴィス 奇跡のラスト・イヤーズ』(小学館新書)の第1章を先行公開させていただこうと思います(なお「目次」と「はじめに」は以前ご紹介しました)。以下は「第1章 消えたトスカ」の抜粋です。
(第1章より)1975年、マイルス・デイヴィス、49歳。その肉体は限界に達していた。マイルス自身は、黒人病(鎌形赤血球性貧血。骨髄癌の一種ともされる)という病名を挙げている。症状はさまざまながら、マイルスの場合は、骨がもろくなり、骨折することが多かったという。とくに数度にわたる手術でダメージを受けていた、足から臀部にかけての症状が重く、結局はそれがツアーのキャンセルと活動の停止へとつながる。
マイルスによれば、その年の1月から2月にかけて行なわれた日本ツアー時、医者から処方された薬に問題があったことになる。ちなみにこのときのツアーは、1月22日(東京)から2月8日(東京)にかけて、全国8か所、全14公演が行なわれた。また2月1日の大阪公演はライヴ・レコーディングされ、のちに『アガルタの凱歌』と『パンゲアの刻印』として発売された(その後『アガルタ』『パンゲア』と改題)。マイルスは次のように語っている。
日本にいたときだ。医者が、足の痛みをとるために薬をくれた。それはコデインとモルヒネだった。オレはそれを知らずに大量に飲んでいた。
さらにマイルスは日本滞在中、風邪をひき、体調は最悪の状態に近かったという。当時のメンバー、エムトゥーメ(パーカッション)は、ライヴ・レコーディングが行なわれた大阪公演中、マイルスの体調が急変したことを記憶している。なお大阪公演は、午後4時と7時の2回、行なわれた。前者が『アガルタ』、後者が『パンゲア』となる。
マイルスは2回目のコンサートが始まる前に体調を崩した。だから夜の『パンゲア』には、昼の『アガルタ』と別の種類のエネルギーが充満しているんだ。
エムトゥーメの発言を聞くまでもなく、『アガルタ』と『パンゲア』では、明らかに異質のエネルギーが感じ取れる。その理由が、マイルスの体調の変化によるものだけとは考えにくいが、『パンゲア』の終盤におけるマイルスとエムトゥーメの音楽的な、しかし聴きようによっては「音楽を超えた」ともとれるインタープレイは、2人の間だけで交わされる会話のようにも聴こえる。
『パンゲア』は、《ジンバブウェ》と《ゴンドワナ》と題された2曲によって構成されている。アルバム・タイトル並びに曲目は、先に発売された『アガルタ』同様、レコード会社(当時CBSソニー)の担当ディレクターが愛読していた作家・半村良の小説に由来する。しかし実質的には、《ターンアラウンドフレーズ》《ウィリー・ネルソン》《イフェ》《フォー・デイヴ》といった「楽曲」が演奏されている。
その《フォー・デイヴ》は、『パンゲア』の2枚目、コンサートの最後に演奏された。マイルスがデイヴ・リーブマン(テナー・サックス。74年脱退)のために書いた曲とされるが、リーブマンによれば、「デイヴ」には、マイルス自身の「デイヴィス」とリーブマンの「デイヴ」という二重の意味が込められているという。
このときの演奏は、曲ごとの明確な区切りはなく、最初から最後まで、ほぼメドレーに近い状態で進行していく。『パンゲア』の終盤、マイルスがオルガンで《カリプソ・フレリモ》のメロディーを弾く。グループは、それを合図に《フォー・デイヴ》へと移行していき、やがてワウ・ペダルを駆使したマイルスのトランペット・ソロが登場する。それは『スケッチ・オブ・スペイン』の哀愁に満ちた世界を想起させる。しだいにテンポが速くなり、シャッフル・リズムへと変化していく。このあたりからエムトゥーメのかけ声が目立って聴こえるようになる。そしてマイルスがソロを吹き終わった瞬間、エムトゥーメが叫ぶ。
「Come on Miles! Come on Miles!」
その声は、エムトゥーメが感極まって上げたものとも、マイルスを激励するためにかけた言葉ともとれる。ともあれマイルスは、その声に鼓舞されたのだろう、再びトランペットを手にとり、熱いソロをくり広げる。(以上、第1章より抜粋)
さて今回ご紹介するのは、前述したように再びハリウッド・ボウルでのライヴ。87年9月2日の演奏。オーディエンス録音ということで、前回同様、部分的に忍耐が求められますが、そこを過ぎれば至福のひととき。しかも1枚物ということで、初心者にも聴きやすい。ジャケットもかなりの出来ではないかと思います。それではまた来週。
【収録曲一覧】
1 One Phone Call / Street Scenes-Speak
2 Star People
3 Perfect Way
4 The Senate / Me And You
5 Human Nature
6 Wrinkle (incomplete)
7 Tutu
8 Movie Star
9 Carnival Time
(1 cd)
Miles Davis (tp, key) Kenny Garrett (as, fl) Robert Irving (synth) Adam Holzman (synth) Foley (lead-b) Darryl Jones (elb) Ricky Wellman (ds) Rudy Bird (per)
1987/9/2 (LA)