アベノミクスによる円安が追い風となり訪日外国人観光客数が増加傾向にある中、“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、国益のため為替政策を考える「通貨庁」を作るべきだという。
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第16回大宅壮一ノンフィクション賞受賞の吉永みち子さんの文章を読んでいた長男けんたが、のたまった。「吉永さんの文章は、さすがにうまいね。それに比べてお父さんのは『だめだ、だめだ』とキャンキャン騒いでいるだけなんだから」
吉永さんとはTBSの「ブロードキャスター」で一緒にコメンテーターをして以来、仲良くさせていただいている。先日、岩国に吉永さんを含めた4家族で旅行した際、昼食代をまとめて払おうとした私にレストランのレジ係の女性が聞いてきた。
「ね~、ね~、お客さん、一緒にいらっしゃるあの方、テレビによく出られている方ですよね?」「そうです、吉永さんですよ」と答えた私は、よほど続けようかと思った。「あのね~、私もテレビに出ているの! それも同じ番組に!!」と。
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「だめだ! だめだ!」ばかりだとけんたにまたしかられるので、今回は提案をしてみようかと思う。私は「小さな行政府」論者だが、「通貨庁」だけは作るべきだと思っている。通貨とは、国益にかかわる非常に重要なことなのに、誰も政策として真剣に考えていないからだ。為替は経済対策としてもっとも安上がりでパワフルな手段だ。
安倍総理は、1月22日の施政方針演説で「外国人観光客は、3年連続で過去最高を更新し、政権交代前の2倍以上、1900万人を超えました」と自慢していらっしゃった。しかし、これは(ゼロとは言いませんが)観光庁の貢献というより、1ドル=80円から120円への円安で、日本への旅行費が3分の2になったせいではなかろうか? また総理は同じ演説の中で「『2020年までに農林水産物の輸出を1兆円に増やす』。この目標を3年前に掲げた時、『無理だ』という声が上がりました。『できない』とも言われました。しかし、輸出額は昨年7千億円規模に達し、その結果、『過去最高』を3年連続で更新いたしました」と自慢された。
根本の問題に触れず、枝葉末節的な政策に終始していたからこそ、今の日本経済の低迷がある。円高がいいのか円安がいいのか、その経済効果を考え、議論のための資料を揃える。円安が最大の国益とわかれば、外国を説得できるだけの理論武装をさせ、「国益のために説得してこい!」と政治家の尻をたたいて送り出す。その役を通貨庁に託す。
尊敬する元野村総研ヨーロッパ社長だった渡部亮氏が1998年1月に出した『英国の復活 日本の挫折』(ダイヤモンド社)に次の一節がある。「政治的な理由で円ドル為替レートをあまり動かせないとすれば、日本経済はこれから大変である。為替調整も賃金調整もできずに財政に負担を強いると、財政が破綻して、長期的には大幅な円相場の下落が起きるだろう。70年代の英国では、こうしたプロセスを経て、ポンドの為替相場が大幅に下落した」
約20年前に渡部さんが予想したことが起きようとしていると思えてならない。
※週刊朝日 2016年2月12日号