年明けから下げ止まらない日本株。普段であれば、それと同時に円買いが起こらなかった。その理由を“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏はこう分析する。

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 昨年暮れ、テニス仲間のマキさんから「藤巻さんの言うことを聞いてドルが安くなるたびに買ってきた。でも今、円が3円も高くなって心配だ」と言われた。それを横で聞いていた平田さんが助け舟(?)を出してくれた。「藤巻さんの言うとおりにやっていいんです。でもそれで儲けようとしちゃいけません」。アチャー。

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 今はどうなっているかは知らないが、少なくとも1980年代後半には中近東諸国が大量の日本国債を保有していた。私が勤めていたモルガン銀行が中近東の某国の国債を大量に管理していたからだ。オイルマネーで得た資金の運用だ。日本国債もトレードしていた私は、その動きを知りたくて売買情報を流すよう管理部門に掛け合った。某国が大量に売買すれば、それに伴い値段も動くだろうから、彼らと同様の売買をすれば儲かると思ったのだ。しかし担当者は、頑として首を縦に振らなかった。

「会社の利益のためだ」と脅してもすかしても、ダメだった。頭にきたが、それと同時に「米銀とはなんとコンプライアンス(法令順守)が厳しいのか」と感心したものだ。顧客に関する内部情報を使って取引をすることが法令違反だったかどうかは知らない。しかしフェアではないのは事実だし、内部情報を使って儲けたら顧客は不愉快だろう。

 年初来、日本株の下落が止まらないし、円もそれなりに上昇している(21日現在)。年末、年初の「株安、円高」の主たる原因は「中国の経済低迷懸念」「イランとサウジアラビアの外交関係断絶など中東不安」「中国経済低迷と供給過多による石油価格の下落」だろう。それらの原因に加え「円高と世界株安」で加速したと思われる。一方、円高のほうは「避難通貨」という言葉が蔓延しているためかと思われる。なにか危機があると、「パブロフの犬」的に円買いが起こる。

 
 ところがこの数日間は、株の大幅下落の割には円買いが起こらなかった。産油国が、なりふり構わず日本株を売っていると考えると理由はつく。日本国債を持っていた以上、日本株も持っていると考えるのが普通だが、原油価格下落で財政状況が苦しくなった産油国が日本株を売った。それで得た円を自国通貨に戻し本国送金すれば円安となる。「避難通貨」としての円買いと「産油国への資金還流」としての円売りがぶつかり合って相対的に平穏な動きとなった。そう考えると最近のドル円相場の理由がつく。

 もし株の世界でそのような産油国への資金還流が起きているのなら、同様の動きは国債市場でも出てきてもおかしくない。そうなればさすがに円安要因が強まりトリプル安(株、国債、円の同時安)の可能性もある。「円は避難通貨」の思い込みは危険だ。

 中近東の国々は万が一、財政が苦しくなったら外国に保有する財産を売ってなんとかしのげるが、日本はそのような資産を海外に保有していない。民間は保有していても政府は保有していないのだ。日銀が国債購入という実質的な財政ファイナンス(政府の借金を中央銀行が紙幣を刷ることによって補う)をやめれば、売却資産をほとんど持っていない日本政府の資金繰りは窮地に陥る。

 藤巻の言うとおりにやって儲かる可能性は、まだある。ただし自己責任ということはお忘れなく(笑)。

週刊朝日 2016年2月5日号