賛否両論分かれ、今なお議論される環太平洋経済連携協定(TPP)。伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、そのデメリットに対し、円安誘導で解決できると提案する。

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 私は必ず立って講演を行う。座りながらやると、姿勢が崩れていき、とんでもない姿になるからだ。「藤巻は酔っぱらっている? そうか、酒ではなく自分の説に酔っているのか」と言われるほどだ(苦笑)。

 自分で話すときでさえそうなのだから、人の話を聞いているときの姿勢などすさまじい。貧乏ゆすりさえしてしまう。昔、スイスの大金持ちとの面談の前に、長時間待たされているうちに貧乏ゆすりを始めて部下のナカガワ君に怒られた。「大きなお金を預けてくれと、お願いするんですよ。貧乏を連想させることはやめてください!」。ん~? スイスでも“貧乏ゆすり”というんかね?

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 今年は例年より早く1月4日から通常国会が始まった。論点の一つは昨年妥結した環太平洋経済連携協定(TPP)だろう。関連法案の審議と国会承認が必要だからだ。昨年11月11日に参議院予算委員会で閉会中審査が行われた。審議は午前8時55分から午後5時13分まで続いたが、姿勢を正し、貧乏ゆすりが出ないよう苦労した。

「なぜ譲歩した? 先方の言いなりではないか」という批判があったが、TPPは交渉事だ。相手国がある。駄々っ子のように「いやだ、いやだ」では交渉は進まない。「譲歩をしたからTPP合意は反対」は無理筋だ。追及するとしたら「その譲歩は必要だったか否か」だけだろう。

 
「こんな問題がある。そんな問題もある。だからTPPの合意反対」というのも疑問だ。こういう交渉事が、すべての産業・企業で有利になることなどはありえない。有利になる産業、不利になる産業がある。政府は「総合的にみて日本に有利か否か」で決断し、不利な産業・企業には何らかの補填をするのが筋だ。と、言いながらも、我々野党は「補填が過剰にならないか」を監視する義務がある。

 この日も「農業が大変だ。酪農が大変だ」のオンパレードだった。「壊滅的な被害がある」との指摘さえあった。しかし交渉を始めてから円はドルに対してかなり安くなっている。20%の関税が廃止されても円が20%安くなれば外国産の輸入価格は以前と変わらない。それなのに「関税がなくなると壊滅的な被害がある」と言われても違和感がある。為替は大きく動く。農業の浮沈は関税よりも為替の動向だと私は思っている。

 政府からは「TPPをチャンスと捉え輸出を増やそう」という積極的なアイデアも出た。いわば日本農業の販売促進案である。賛成だが、問題もある。販売促進で最も重要なのは価格だ。その価格に関する議論が全く出てこなかったのだ。1ドル=120円が1ドル=240円になれば日本産農産物は外国人にとって半分の価格となる。安全で形もいい日本産農産物は爆売れだろう。一方、輸入する外国産農産物は日本人にとって2倍の価格となる。関税などなくても日本人は国内産に回帰する。円高(=価格が高くなる)になれば、いくら体質強化をしても限界がある。米国の農業団体はすぐ「ドル安を!」とデモをして米国政府に圧力をかける。日本の農業団体からは一度も「円安を!」の主張を聞いたことがない。なぜ?? TPPに対する補填は農家へのばらまきではなく円安誘導だ。

週刊朝日  2016年1月22日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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