サンディエゴから大阪のライヴまで

Miles Davis In San Diego 1990 (Cool Jazz)

 今回ご紹介するのは、1990年2月のサンディエゴでのライヴ。これといって目新しい変化はありませんが、マニアックにいえば、やはりフォーリーが歌う《イン・ザ・ナイト》でしょうか。ただし演奏内容はこの前後のライヴとほとんど同じ、したがって今回も拙著からの抜粋(最終回)をお送りします。

 拙著のタイトルは『マイルス・デイヴィス「アガルタ」「パンゲア」の真実』(河出書房新社)ですが、数日前に書店に並びました。まだ読んでいない、買っていない人もたくさんいらっしゃるでしょう。以下の抜粋は、ボーナス・トラックとして巻末に収録されている対談の部分です。果たして『アガルタ』と『パンゲア』とはどのような音楽なのか。それではお楽しみください。

 『アガルタ』と『パンゲア』は、どこかだけを抽出して聴いても楽しめるし、全体としてでも楽しめるものですよね。そういう楽しみ方ができるようになったのもCDになってからかもしれない。アナログ時代は、いったん針を乗せると少なくともその片面はずっと聴かなくてはならなかった。マイルスのレコードは当時ほとんど2枚組で、長くて困った(笑)。CDになって、もちろんトラックには変化はないし、演奏そのものの長さにも変わりはないけれども、聴きやすいというイメージが植え付けられましたね。それは聴く側からしてみると大きな変化です。ぼく自身も、CDになってから聴き返す頻度が増えたし、途中からも聴くようになった。「ここ聴きたい」と思って聴いたり。

 だから、究極の楽しめるライヴ・アルバムかもしれない。CDも基本的には、曲単位のリピートになるでしょう。でも、『アガルタ』や『パンゲア』はそういう形では捉えられない。もっと大きい。そういうスケール感が、同時期のマイルスの他のライヴ・アルバムと比べても断トツだと思う。景色が見えるんですよね。その点は、73年のライヴとも違うし、74年のライヴとも違う、独特の妖しい魅力がある。73年74年は、まだ音楽的なんです。音楽のなかだけで処理できている。それが75年になると、決して健康的でもないし、健全でもなく、妖気に満ちている。そういう要素というのは音楽を超えてしまっている部分ですから、その世界観も含めて全部体験するしかない。そこをまず体験して、そこからさらに次の段階に進む。

 あと、リスナーとしての自分の現在地を測るものとして、これ以上のものはない、と断言しておきたいと思います。『アガルタ』『パンゲア』のライヴの現場にいて全部を聴いて、その後はレコードになったものを改めて聴いたうえでも、やっぱり理解できないところが常に残るわけです。それはあまりにもいろいろな要素が詰め込まれているから。きちんと整理されている部分もあれば、未整理のまま放り込まれている部分もある。それがこの時代のマイルスの音楽だと思うんですが、ジャズの要素もソウルの要素も民族音楽的な要素もあれば、ロックやフリー・ジャズの要素もある。それが同時にバーっと入ってくるから、自分のなかでどこの引き出しに入れればいいのか、整理がつかない。それが何年も繰り返し聴いたり、その周辺の音楽も聴いたりすることによって、リスナーとしての知識が増えて、「これはこういうことだったのか」という糸口のようなものがだんだん見えてくる。どんどん自分なりの景色も描けてくる。そういう段階に至るまでにこれほど時間がかかる音楽は他になくて、その楽しみは替えがたいと思う。単に感動するだけではなく、それを探していく過程が「音楽を聴く」ということだとぼくは思っているんですが、その探しがいがあるのが、この2種類の2枚組なんです。だから、『アガルタ』『パンゲア』というのは、すぐ結論が出る類のものではないんです。しかも結論は、結局、出ていない。この後にマイルスが決着をつけなかった部分を、何世代かあとのミュージシャンがやろうとしているし、その余波の広がり方が尋常でないのは、そういうことだと思います。(以下略。それではまた来週)

【収録曲一覧】
1 Perfect Way
2 Star People
3 Hannibal
4 The Senate / Me And You
5 Human Nature
6 Mr. Pastorius
7 In The Night
8 Tutu (incomplete)
(2 cd)

Miles Davis (tp, synth) Kenny Garrett (as, fl) Foley (lead-b) Kei Akagi (synth) Benny Rietveld (elb) Ricky Wellman (ds) John Bigham (per)

1990/2/24 (San Diego)

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