戦闘爆撃機の撃墜によりロシアとトルコの関係が悪化している。世界各地でテロが起きるなか、これ以上の混乱はマイナスになるはずだが、プーチン大統領にとってはそうではないのかもしれない。本誌で「そこが聞きたい! 田原総一朗のギロン堂」を連載する田原総一朗氏は、そう推測する。
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シリアとトルコの国境の上空で、「イスラム国」(IS)に対する軍事作戦に参加していたロシアの戦闘爆撃機をトルコの戦闘機が撃墜するという事件が起きた。
11月25日にトルコのチャブシュオール外相が、ロシアのラブロフ外相に電話した。トルコ側としては、ロシアとの対立が決定的になるのを避けようとしたのではないか。だがロシア側の発表によると、ラブロフ外相は、撃墜されたロシア機は領空侵犯をしていなかったとあらためて強調し、さらに「トルコ政府は事実上ISの側に立った」「(撃墜は)事前に準備された計画的なものだった」と、トルコ側を強く批判したという。
それに対してトルコ側は「撃墜までの5分間に10回にわたって領空侵犯だと警告していた」と説明し、領空侵犯を英語で警告する音声まで公表している。
前号で記したとおりシリアの状況は極めて複雑で、アメリカやフランスはアサド大統領の失脚を図って、反アサド勢力を支援しているのに対して、ロシアはアサド大統領を全面的に支持していた。そしてアメリカとロシアが間接的ながらも対立する間隙を縫うように、ISが勢力を増強していたのである。
しかし、パリが深刻な同時多発テロに見舞われて、オランド大統領が懸命に要請したことで、アメリカとロシアが協力し、フランスやイギリスとともにISを集中的に空爆することになった。撃墜事件で、こうしたISに対する包囲体制に亀裂が生じようとしている。
その両者がいがみ合う事態となった。こうした事態を歓迎しているのはISで、トルコが参加するNATOは困り切っているのではないか。
だが、そもそもここで、際限のない空爆の強化という対ISの戦略自体を考え直すべきときではないか。
1月の仏シャルリー・エブド襲撃事件は、実はISではなくアルカイダ系の犯人グループによるテロであった。いまやIS系とアルカイダ系が競い合うように、欧米各国でテロ事件を起こしているのだ。そして欧米のアラブ系の若者たちが少なからず参加しているために、空爆によってISなどの人間をいくら殺しても、むしろ構成員は増大しているのである。アメリカもロシアも、空爆によってISやアルカイダを根絶させるのは無理だとわかっているはずだ。逆に、テロ事件が増えることになるのではないか。
本当にISやアルカイダを根絶やしにするには、空爆ではなく地上戦に踏み切るべきだという意見もある。だが、アメリカもロシアも地上戦に踏み切るつもりはないだろう。
地上戦に踏み切ると泥沼状態になるからだ、という意見が常識のようになっているが、私はそうはとらえていない。少なくともアメリカ、そしてロシアにとって、本音はシリアでの主導権をいかにして握るか、ということではないのか。そして、今回の撃墜事件をプーチンはダメージではなく、主導権を握るチャンスだととらえているのではないだろうか。
※週刊朝日 2015年12月11日号