「ジャズ床屋冥利に尽きる」
去年の10月くらいに、向いの西淀病院に入院してらっしゃる後期高齢者(たぶん)の方が、パジャマ姿で散髪にいらっしゃった。もうすぐ退院されるという。それはよかった。おだいじに。と、たぶん一回こっきりのVSOPと思い、一期一会の気持ちで仕上げてさしあげた。
すると翌月、通院のついでに、また来てくださった。それからというもの、毎月欠かさずお見えになってる。今日、付き添いのご婦人がこっそり教えてくれた、「いままで北島三郎しか聴かなかったのに、ここで散髪するようになってから、家でジャズを聴くようになったんですよ」と。
そうかー。当店には、まだそれほどの感化力があったのか。ジャズ床屋冥利に尽きる話である。
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以上は、2009年1月16日に、当店のブログに書いた文章だ。
じつは、このあと、ブログに書いたことがご本人にバレてしまったのだ。インターネットなど絶対にしそうにない(失礼!)から大丈夫と思ってたら、意外なところでボロが出た。
大阪からはるか離れた東京の神保町に、「BIG BOY」というジャズ喫茶ありて、なんと付き添いのご婦人がそこの常連だったというから驚きだ。
「BIG BOY」のマスター、当店と同じ型番のJBLスピーカーをお使いで、ネットサーフィンしてたら偶然くだんの記事を発見したという。
「この“ご婦人”って、もしかしてオマエのこと?」そういって、マスターにずいぶんからかわれたそうである。
当のご本人はというと、さぞかしお怒りかと思ったら、この記事を見るや、顔をくしゃくしゃにして喜んだというから意外なものだ。
それからというもの、ますます当店の強固なファンとなってくださり、毎月の散髪のあと、「遺影にする」といって写真を撮るのが恒例となった。そのうちわたしまで、その「遺影」の記念撮影に参加するほどに、ずいぶんとかわいがってくださった。
肺がんで、片方の肺を切ってしまい、いつも酸素ボンベを引いての来店だったが、かくしゃくとしていらっしゃったので、さほど心配はしてなかったのだが…。
2010年の年末、惜しくも亡くなりましたと声を詰まらせ、ご婦人が電話をくださった。
年末の忙しさにかまけて、葬儀には行けなかったけれど、東京の「BIG BOY」では、ジャズ仲間たちと「サマータイム」でお別れしたという。
「サマータイム」か。
コルトレーン?ズート・シムズ?お別れにふさわしい「サマータイム」とは、誰の演奏だろう?ビル・エヴァンスのは元気がありすぎるし、マイルスもちょっと違うような気がする。
そうだ、これかもしれないな。アート・ペッパーの『モダン・アート』、それも輸入盤CDのボーナストラックとして入っている「サマータイム」だから、国内盤やLPには入ってない。
嗚咽するようなペッパーの「サマータイム」を流し、当店なりのお別れをした。こうして書いておけば、またどこかのジャズファンが、天国まで告げ口してくださるだろうか。
【収録曲一覧】
1. Blues In
2. Bewitched, Bothered, And Bewildered
3. Stompin' At The Savoy
4. What Is This Thing Called Love
5. Blues Out
6. When You're Smiling
7. Cool Bunny
8. Diane's Dilemma
9. Diane's Dilemma (Alternate Take)
10. Summertime
11. Fascinating Rhythm (Alternate Take)
12. Begin The Beguin (Alternate Take)
13. Webb City (Alternate Take)