ウォーキン/マイルス・デイヴィス
ウォーキン/マイルス・デイヴィス
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 回転系メカを持たない、フラッシュメモリーを搭載した携帯型音楽プレーヤーの登場によって、我々の音楽を聴く環境は一変した。もちろんこれまでもヘッドホンはあったし、カセットテープやコンパクトディスクそのものを再生する携帯型のプレーヤーもあった。けれど、走りながらとか、激しい運動をしながらとか、そういう環境でも聴くことのできるプレーヤーが出現したのは、ごく最近のことである。

 iPodや、新型ウォークマンのおかげで、ジャズファンも薄暗いジャズ喫茶や自宅の部屋に縛られることなく、青空の下でも電車の中でも、星空を眺めながらでも、とてもよい音質で音楽が聴ける。参加応募がものすごい倍率を誇る東京マラソンや大阪マラソンのブームも、もしiPodがなかったら、ここまでの盛り上がりはなかったように思う。

 さては、『ウォーキン』に引っ掛けてウォーキングの話をする気だな?と、毎度お馴染みの皆さんにはバレバレの展開。特に腹のだぶついてきたわたしのような中年ジャズファンにとって、携帯型音楽プレーヤーは、ウォーキングをする際にとても便利である。自宅で眉間にシワを寄せながらCDを聴く時間が、そのまま外で運動しながら音楽鑑賞の時間になるのだから。

 最初はなんでもかんでも手当たりしだいに曲を放り込んでは、せっせと歩きながら聴いていたのだが、このごろ少し知恵がついて、歩くテンポと楽曲のテンポをシンクロされれば、より歩きやすいことに気がついた。特に冬場の寒い時期には、チンタラした曲をかけながらチンタラ歩いても、なかなか身体が温まらず効率が悪い。

 そこで、音楽ファイルのテンポを計測するフリーソフトを探し出し、歩きやすいテンポの曲(主に122~128BPM)だけをピックアップしてiPodに入れると、これがなかなか快適だ。

 リズムと足が地面を踏むのが同時であるから、ほぼ踊ってるのと変わらない。いくらノリノリでウォーキングしていても、傍目には、ただせっせとオジサンが歩いてるふうにしか見えないところがミソ。

 さすれば我らマイルス者としては、マイルス・デイヴィスの曲でカッコよく「ウォーキン」すれば、楽しいことこのうえないのではないか?!

 ところが、こんなにたくさんあるにもかかわらず、マイルスの楽曲で122~128BPMのテンポのものは、調べてみるとごくわずか。わたしのライブラリーで発見できたのはたったの十数曲で、しかもどの曲も歩きにくいときている。ちなみにプレスティッジの「ウォーキン」は129BPMで、「ウォーキン」するには微妙に速い。参考までに曲目をピックアップしておこう。

122~128BPM(ウォーキング用)

 Yaphet /Big Fun [124]
 When Lights Are Low /Blue Haze [123]
 Water On The Pond /Directions [127]
 Willie Nelson /Directions [123]
 Full Nelson /Live Around The World [123]
 It's About That Time - Willie Nelson /Live At The Fillmore East (Disc 2) [125]
 Well You Needn't /Miles Davis, Vol.1 [122]
 Splatch /Munich Concert (Disc 1) [124]
 Code M.D. /Munich Concert (Disc 3) [123]
 Au Bar Du Petit Bac /Ascenseur Pour L'Echafaud [125]
 Directions [Wednesday Miles] /At Fillmore: Live at the Fillmore East [124]
 Doxy /Bag's Groove [122]
 Frelon Brun /Filles De Kilimanjaro [128]
 Nefertiti /Nefertiti [122]
 Stella By Starlight /My Funny Valentine [124]
 Aos Pes Da Cruz /Quiet Nights [123]

 じゃあ、走るほうはどうだろう?ランニングに最適なテンポは、だいたい160~175BPM。しかしこれだと「ウォーキン」よりもっと「マイルス・ランズ・ザ・ブードゥー・ダウン」して少ないときている。(「マイルス・ランズ・ザ・ブードゥー・ダウン」は120BPM)

160~175BPM(ランニング用)

 Pharaoh's Dance /Bitches Brew [171]
 Good Bait /Cool Boppin [163]
 Cashbah /Cool Boppin [168]
 It's Only A Paper Moon /Dig [165]
 Directions I /Directions [164]
 Donna /Miles Davis, Vol.1 [167]
 All Of You /'Round About Midnight [165]

 ようするにマイルスは、このくらいのテンポが嫌いなのねと納得しかけたが、いや、待てよ。この威風堂々と歩くリズムや、しゃかりきになって走るテンポを、あえて避けていたのではないか。もっというなら、それが恥ずかしかったのではないか。

 あえて遅れたり、ちょっと先走ったりして、ほんの少しずらす。「オレがピッタリなんて、そんな恥ずかしいことができるか」そのテンポ設定に、ジャズの不良っぽさみたいなものが組み込まれているように思えなくもない。

 逆に、元気いっぱいに歩きやすいのがハービー・ハンコックの「スパイダー(123BPM)」やクインシー・ジョーンズの「愛のコリーダ(123BPM)」で、マイルスの胸中には、「あいつら恥ずかしいことしやがって」といった思いが、ひょっとするとあったかもしれない。

(※BPM計測結果には多少の誤差があります)

【収録曲一覧】
1. Walkin'
2. Blue 'N' Boogie
3. Solar
4. You Don't Know What Love Is
5. Love Me or Leave Me

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