バード/オリジナル・サウンドトラック
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 その昔、チャーリー・パーカーの熱烈なファンであるA氏が、奥様と一緒に、クリント・イーストウッド監督の伝記映画「バード」(1989公開)を観に行ったときのこと。フォレスト・ウィテカー演じるパーカーの「レスター・リープス・イン」が始まるなり、「あなた、この人すごいじゃないの!」と、奥様が叫んだという。

 たしかに冒頭の演奏シーンは、ジャズファンならずとも「何かとんでもなくすごいことが起こってる」、そう感じさせるに充分のインパクト。ビバップの興奮を伝える、ジャズ映画のなかでも屈指の名場面だ。

「(奥様に)いままでさんざんパーカーのレコードを聴かせても、何も反応しなかったのに」とA氏は苦笑する。

 周知のように、この映画のサウンドトラックは、「不世出の天才チャーリー・パーカーのアドリブは、パーカー以外には再現不可能」というクリント・イーストウッド監督のポリシーのもと、チャーリー・パーカーの古い音源からソロ部分のみを抜き出し、新たなリズムセクションと重ねるという斬新な手法で作られたものだ。

 A氏もわたしも、あの映画館での感動をもう一度と、オリジナル・サウンドトラックのCDを買い求めたが、聴いてガックリ。あの熱気あふれる「レスター・リープス・イン」はどこへやら。やはり大画面であの映像、あの演出があったからこそ、あんなに感動したのだなと、ひとり納得したのだった。

 それからしばらくして、今度は性懲りもなく映画「バード」のVHSビデオソフトを購入した。当時、自宅にあったテレビとビデオデッキが一体になった”テレビデオ”で再生してみると、やはり「レスター・リープス・イン」は素晴らしい。14型の小さなブラウン管の画面と内蔵モノラルスピーカーでも、音楽的な感動が充分に伝わってきた。

 それにしても、いつも聴いてるサウンドトラックCDとは音が違いすぎる。演奏中もお構いなしの聴衆のどんちゃん騒ぎは、劇中では効果的なのだが、CDで聴くとただやかましいだけ。実際に映画に使われたのとCDになった音源は、たぶんバランス等のマスタリングが別物なんだろう。

「アレはないよね~」と、A氏とも同じ意見で合意。これまた勝手に納得して、そのまま十数年が過ぎた。

 それがたった今、ひさしぶりに「レスター・リープス・イン」をかけてみると、「バード」のあの冒頭シーンがフラッシュバックした!ときに音楽は、記憶のなかの映像を鮮やかに呼び起こすことがあるが、まさにそれ。マスタリングが別というのはわたしの思い違いで、まったくこのとおりの音。ただ、これまでこのCDの音を、JimmyJazzのスピーカーが正しく再生できてなかっただけなのだ。

 ちなみに、この”テレビデオ”で観た「バード」が間接的な原因となり、わたしはしだいにオーディオに凝りはじめる。それから十数年かけて、ようやく”テレビデオ”に追いついたのかと思うと我ながら情けないかぎりではある。

【収録曲一覧】
1. レスター・リープス・イン
2. 愛しているとは思えない
3. ローラ
4. オール・オブ・ミー
5. ディス・タイム・ザ・ドリームズ・オン・ミー
6. コ・コ
7. クール・ブルース
8. パリの4月
9. ナウズ・ザ・タイム
10. オーニソロジー

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