インターステラー・スペース/ジョン・コルトレーン
インターステラー・スペース/ジョン・コルトレーン

 誰でも一度や二度は、ハサミを持って、自分の髪か、家族の髪か、はたまた友人の髪を切ってみたことがあるのではないか。前髪だけ、耳にかかるところだけ。ほんの少し切るつもりが、だんだん短くなって、ハテ、いったいどこでやめればいいのかと頭を抱えてしまったことだろう。

 髪型に拘わらず、何事においても、素人と熟練者の違いは、あらかじめ完成形が見えていて、「こうなったところで終了」という論理が頭のなかにあるか、ないか、その違いだと思う。

 オーディオにおいても、雑誌をめくれば、ありとあらゆる音質改善法なるものが掲載されていて、テレビのように「アンテナと電源コードを繋いだら終了」というわけにはいかない。やっかいなことに、オーディオは、何をしても音が変わるから、弄りだしたら最後、どこまでも無限に音が変わっていく。この収拾を、どうつけるのか。髪の毛のように、なくなってツンツルテンになるまでお金を注ぎ込むのか。

 やはり、恰好のいいところで止めておくのがいいのだろうが、それがどこだか、わからない。音がどうなったら完成なのか、皆目見当がつかないからである。誰でも最初は初心者であるから、まずはめくらめっぽう、数撃ちゃ当たるでやってみればいい。そのときに、闇夜を照らす心強いカンテラの灯りとなるのが、音楽を聴いてよく知ってることの蓄積なのだ。

 本人の生演奏を聴いていれば、もちろんそれがいちばんだけど、たとえばバド・パウエルなら、バド・パウエルのレコード(CD)をたくさん聴くことで、パウエルはこういう音を出すピアニストだというイメージができあがってくる。オーディオが変な方向に行きそうになっても、そこで軌道修正ができるというわけだ。

 さて、ジャズの世界にも、アドリブをどこでやめたらいいかわからないという困った人がいた。一曲30分以上は当たり前、一時間を越えても、吹いて吹いて吹きまくるテナーサックスの巨人、ジョン・コルトレーン。汲めど尽きないイマジネーションは、驚嘆に値するけれど、いくらなんでも長すぎる。マイルス・デイヴィスに「どうやってやめたらいいかわからない」と相談したら、「マウスピースを口から離せ」と言われたという、笑い話のようなエピソードが残っている。

 コルトレーンがその生涯のなかで、めざましい成長を遂げた時期が二回あって、一度は1957年。マイルスのバンドをクビになり、セロニアス・モンクのもとで研鑽を積み、「シーツ・オブ・サウンド」と呼ばれる、ものすごい音の洪水を撒き散らすスタイルを完成した。吹きすぎてしまって、どこでやめていいかわからなくなったのもこの時期からだ。

 そして、もうひとつは最晩年。死の5ヶ月前に吹き込まれた『インターステラー・スペース』では、ラシッド・アリのドラムを相手に、壮絶なフリーフォームのインプロビゼーションを繰り広げる。

 火焔車が回転するがごとく、摩擦を伴い、焼き切れそうな音色。鈴の音に導かれ、ときに悠然と、大きなビブラートを使って吹いてみせる。じつにうまい。コルトレーンは、ここに来て、ジャズの呪縛から解き放たれたように「惑星空間」へと飛翔する。

 喧騒のなかにあって、同時に静寂を感じさせるこのレコードに、もう迷いはない。コルトレーンは、どこで人生を終わらせるべきか知っていたのだろうか。

【収録曲一覧】
1. Mars
2. Venus
3. Jupiter
4. Saturn
5. Leo
6. Jupiter Variation