ウエス・モンゴメリー/フル・ハウス
ウエス・モンゴメリー/フル・ハウス

 初めて買ったジャズのレコードの話をしよう。

 たしか二十歳くらいだったと思う。忘れもしない大阪ミナミは千日前の中古レコードショップ。そこでウエス・モンゴメリーの『フル・ハウス』を買ったのだ。

 友人のお父さんのレコードコレクションから、何曲かピックアップしてカセットテープに吹き込んでもらい、繰り返し聴いていたので、ウエス・モンゴメリーの名前と演奏は知っていた。

 だが、実際にジャズのレコードを買ってみないことには、わからない。ジャズをモノにしたいと思うなら、借りモノでなく、やはり身銭を切って、自分のモノにしなくてはいけない。わたしもそんなウブで真面目な青年だったのだ。

 さあ、『フル・ハウス』が目の前に現れた。言わずと知れた大名盤だが、当時のわたしには、それが名盤なのか駄盤なのかの見当もつかない。ただ、ジャケットはかっこいい。「stereo stereo stereo stereo stereo stereo」と、わかりきったことをわざわざ書いてあるリバーサイドレーベルのデザインも渋かった。

 ジャケットを裏返してみると、くわえタバコのウエスの写真があり、観客がバンドをぐるりと取り囲んでいるから、どうやらライブ録音のようである。

 ジョニー・グリフィンがテナー、ウイントン・ケリーがピアノ、ポール・チェンバースのベースに、ジミー・コブのドラム。おお、豪華メンバーではないか、などということはまったく気づかず、ウエス以外の人の名前はぜんぜん知らなかった。

 日本ビクターから出た国内盤で、定価2,200円と印字されているが、これをたしか1,800円くらいで買った。今でこそ、ちょっと高かったかなと思うが、まあ、最初だから仕方がない。

 買ってまっすぐには帰らず、喫茶店に入り、コーヒーを注文すると、ウエスよろしくタバコに火をつけながら、しげしげとジャケットを眺めた。う~ん、渋い。

 ピンク・フロイドとか、レッド・ツェッペリンとは違うのだぞ。自分が手にしているのはジャズなどだ。JAZZ。天国ではなく、大人への階段を一気に駆け上がった気になったものである。

 帰宅して、さっそく『フル・ハウス』に針を落とすと、案の定、何をやってるのかチンプンカンプンであった。わかったのは、一曲目の表題曲が、アリナミンVドリンクのCMに使われてるデイブ・ブルーベックの「テイク・ファイブ」に似てるなという程度。

 そして何より驚いたのが、観客が曲の途中でパチパチと拍手をすることだった。ウエスがソロを終え、グリフィンがテナーで入ってくるとパチパチパチパチ。この拍手はウエスに向けてしてるのか、それともグリフィンが出てきて喜んでるのか?

 演奏中は行儀よく聴き、拍手は演奏が終わってするものだと思っていたわたしには、ものすごいカルチャーショックだった。

 アドリブの良し悪しなど、まだよくわからなかったものの、『フル・ハウス』が鳴っている間は、ジャジーな雰囲気がして、わからないなりに気に入って聴いていたら、あるとき、胸にズシンとくるものがあった。「カム・レイン・オア・カム・シャイン」の途中、5分20秒あたりで、ウイントン・ケリーのピアノがテーマのさわりを弾いたと思ったら、ジミー・コブのバスドラムがすかさず「ドン!」と合いの手を入れる。そうか、これがジャズか!?

 このときから、ジャズとわたしの、切っても切れない、長い長い付き合いが始まったのである。

【収録曲一覧】
1. Full House
2. I've Grown Accustomed To Her Face
3. Blue 'N' Boogle
4. Cariba
5. Come Rain Or Come Shine
6. S.O.S.
7. Cariba 8. Come Rain Or Come Shine
9. S.O.S. 10. Born to Be Blue
11. Born To Be Blue

Wes Montgomery (g),Johnny Griffin (ts),Paul Chambers (b),Wynton Kelly (p),Jimmy Cobb (ds)

[Riverside] 25.Jun.1962."Tsubo"Berkeley.California.