挨拶(あいさつ)なし、国旗なし、笑顔なし。11月10日に北京の人民大会堂で行われた日中首脳会談は、両国関係の厳しい現実をうかがわせた。関係改善に向かいつつも、中国の“非礼”の裏にはどんな思惑があるのか。会談の舞台裏を追う。
中国に詳しいジャーナリストの富坂聰氏は言う。
「中国にとって今回のAPEC首脳会議で重視していたのは、米国やロシア、インドネシアなど。日本は重視する相手ではないということです」
たしかに、習主席は米国のオバマ大統領やロシアのプーチン大統領には満面の笑みで応対した。安倍首相に対しては会場に国旗もなし。他国の首脳との差別的待遇は明らかだった。
会談は約25分間。通訳を入れたため、実際のやりとりは10分ほど。
「先に安倍首相の話を聞きたい」
話を切り出したのは習主席だった。歓迎の言葉を簡単に述べたあと、発言を促した。対する安倍首相は、第1次安倍政権時に合意した「戦略的互恵関係」に戻ることを呼びかけた。
「私の日中関係への思いは2006年10月の訪中からまったく変わっていない」
それでも習主席の強気な対応は変わらなかった。「我々も徐々に関係改善のための努力をしていく」と言いながらも、
「村山談話など歴代日本政府による約束を守ることでのみ、アジアの隣国と未来志向の友好関係を築くことができる」(国営新華社通信)
と歴史問題にクギを刺すことを忘れなかった。
今回の首脳会談は、7日に発表された日中両国の合意文書に基づく。首脳会談の前に合意文書が発表されるのは異例だが、「中国側が日本に強く要請した」(日中関係筋)。中国の元外交官はこう話す。
「日本が(尖閣問題の棚上げで合意したという)『暗黙の了解』を認めない以上、『釣魚島』と明記した合意文書を事前に発表し、中国国内に妥協していないと見せる必要があった」
なぜ中国の対応はここまで強気なのか。習近平の実像に迫った『チャイナ・セブン<紅い皇帝>習近平』の著書がある遠藤誉(ほまれ)東京福祉大学国際交流センター長は、その理由は安倍首相への不信感にあると分析する。
「第1次安倍内閣を歓迎したために第2次安倍内閣にも当初は期待していた。それなのに集団的自衛権、憲法9条問題、靖国参拝と続いたので、過去の軍国主義に戻る政権として非常に警戒している。それが握手の場面の表情にあらわれた」
言葉だけでは、中国の国内世論が許さない。そこで日中は合意文書の形をとりつつも、肝心の文言の解釈では、あいまいさを残すものになった。前出の富坂氏は、このあいまいさが問題だと指摘する。
「文書には『歴史を直視し、未来に向かう』という言葉が含まれています。『靖国』などの具体的内容に触れなかったことで日本外交の勝利と分析する人もいますが、それは違う。『歴史問題』というあいまいな言葉になって、日中間の歴史問題が何でも合意文書違反になってしまう」
安倍首相は「中国包囲網」を築く外交を展開してきたが、習主席の仏頂面を前に強気の突っ張り外交も転機を迎えた。
※週刊朝日 2014年11月28日号より抜粋