肺がんで死亡する人は年間7万人。がんの部位別では最も死亡者数が多く、しかも年々増え続けている。罹患(りかん)した場合の死亡率が高い「難治がん」のひとつだが、画像検査の普及によって早期に発見し、完治できるケースも増えている。
高齢化が進み、持病のあるがん患者が増えるとともに、体に負担が少ない治療の必要性が高まっている。そんな中、注目されているのが、放射線治療だ。
横浜市内で警備員として働いている伊藤隆さん(仮名・70歳)は、たばこを1日15本吸う生活を50年以上続け、数年前から肺線維症になっていた。肺胞(肺を構成する小さな袋)の壁が厚くなった状態で、咳や息切れの症状を悪化させないように、経過観察をしてきた。
しかし2013年4月、CT画像上の右肺下葉に3.8センチの影が見つかり、神奈川県立がんセンターの呼吸器内科で気管支ファイバーによる針生検をしたところ、扁平上皮がんと診断された。肺がんは大きく「小細胞がん」と「非小細胞がん」に分けられるが、これは非小細胞がんの一種で、喫煙とかかわりが深いがんだ。
IA期からIV期に分けられる進行度は、IB期。肺は右三つ、左二つの「肺葉」というブロックに分かれた構造をしており、通常なら肺葉切除をすれば根治が望めるが、呼吸機能が低下している伊藤さんの場合、術後に呼吸困難症状が出て在宅酸素治療が必要になる可能性がきわめて高い。
手術は難しいと判断した主治医は、放射線腫瘍(しゅよう)科・部長の中山優子医師に相談。伊藤さんは「定位放射線治療(SBRT)」を受けることになった。定位放射線治療は、小さい腫瘍に多方向(6~10方向)から放射線を集中させて狙い撃ちする治療だ。脳腫瘍専用装置のガンマナイフがよく知られているが、I期の肺がんもこの治療単独で根治が期待できる。中山医師はこう説明する。
「放射線治療は手術のように体にメスを入れることはないし、抗がん剤のように全身にダメージを与えることもありません。さらに定位放射線治療は、高線量の放射線を数ミリ以内の精度で病巣に集中させるため、周囲の組織への影響は少なくて済む。からだに優しい治療です」
また、1回の線量が高い分、治療期間は短い。通常の放射線治療では2グレイで30回程度の照射が必要だが、1回12グレイを照射できる定位放射線治療は4回で終わるので、患者の通院負担は格段に軽くなる。
ただし、できるだけ正確に照射するため、体に合わせた固定具の作製や、呼吸による臓器移動の調整など、事前準備が数日間必要だ。
伊藤さんは事前準備を経て月曜から照射をはじめ、連続4日間で治療を終了。しかも午前中で終わるため、午後から始まる仕事を休むこともなかった。放射線治療はがんが死滅したかどうか確認するのが難しいが、1年が経った今、CT画像上でがんは見えなくなった。伊藤さんは肺線維症の症状が悪化することもなく、元気に働いているという。
定位放射線治療の効果をどう判断すればいいのだろうか。日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)では、IA期非小細胞がん患者に対し、標準手術が可能だが定位放射線治療をした「手術可能例」と、「手術ができないので定位放射線治療をした例」を対象に臨床試験を実施している。
手術ができない症例のほうはデータ分析が終了し、3年全生存率が約60%と、従来の放射線治療の方法での治療成績に比べ、明らかにいい結果が出ている。
「現在のI期肺がんにおける標準的治療は肺葉切除手術ですが、実際には肺機能が低い人や持病のために手術困難という人、あるいは高齢なので手術は希望しないという人も少なくありません。こういった症例において定位放射線治療は根治を目指せる有用な治療です。今後さらに高齢化が進む中で、対象となる患者さんは増えていくと予想しています」(中山医師)
※週刊朝日 2014年6月20日号より抜粋