諸田:物語の随所に「水」が出てきますね。水のような澄んだ気持ちでないと正しい判断はできないというふうに。この作品のキーワードは「水」だったのかなと思います。
松本:戦争も外交も含めて、国家的リーダーを補佐する知恵をもった人は、当時はあまりいない。とくに『播磨灘物語』は、黒田官兵衛が歴史や古典に詳しく、非常におもしろいんですね。そういう新しい時代、そういう新しい人物が出てくる時代になった。信長と秀吉で歴史が動きつつあるという感覚を官兵衛がいち早くとらえるわけです。歴史の動きをわれわれは知らず知らずに、「この時代はこういうふうに動いたんだ」と司馬さんの作品によって刷り込まれているんです。
諸田:歴史は人間と切り離せない。司馬さんが人間を深い洞察で描くことで、歴史が浮かび上がる。歴史を克明に書くことで、人間が生き生きとよみがえる。すごいですね。
磯田:小説はうらやましいと思うところがあって、史料には書いてないんだけれども書けることがある。司馬さんも見たに違いないできごとがあるんです。黒田官兵衛は子どもの長政に、黒田家が天下を取るための作戦を授けていた可能性がある。黒田長政は遺言状を残しています。死ぬときに、「俺は関ケ原でこれこれの働きをしたら、これぐらいの大きな国をもらえたんだ」「徳川も、おれたち黒田家は粗略にしない」ということを書いている。そして、そのあとに恐るべきことを書いている。「このままここを領有していたら――」。博多です。中世最大の国際貿易港。「天下の富の大半はこの町に集まる。よく考えろ」と書いている。中国相手、朝鮮相手の貿易が制限されなかった場合、貿易の王者の博多黒田家ができあがる。貿易で得たカネで、徳川が弱ったときにとどめを刺しにいく。おそらく生前、2人で話していたと思う。僕は黒田家に天下の野望は絶対にある、これはクロだと思いました。黒田だけにクロだと(笑)。
※週刊朝日 2014年3月14日号