村上春樹氏の小説の表現をめぐり、北海道の小さな町が騒動になっている。月刊誌「文藝春秋」2013年12月号に掲載された村上氏の短編小説「ドライブ・マイ・カー」に、北海道中頓別(なかとんべつ)町出身の女性が登場する。この女性が火のついたたばこを車の窓から捨てる場面で、主人公が<たぶん中頓別町ではみんなが普通にやっていることなのだろう>と思う。

 この表現に、同町の町議らから、「事実に反する」などという声が上がり、文藝春秋に質問状を送る動きがあることを、2月5日の毎日新聞北海道版が報じた。するとこれがツイッターなどを通じてネット上で拡散。7日には村上氏が、<住んでおられる人々を不快な気持ちにさせたとしたら、それは僕にとってまことに心苦しいことであり、残念なことです。(略)単行本にするときには別の名前に変えたい>とコメントを出す事態になった。

 これを受け、町には抗議が殺到した。質問状を送った一人の町議のブログにも、<無知な田舎者めが><思想、心情、表現の自由。憲法から勉強しなおせ>などといった書き込みがあふれ、“炎上”したのだ。

 同町の東海林繁幸町議(75)は困惑した様子だ。

「若手町議が村上さんの小説を読んで問題意識をもち、議会として何らかの決議をしてはどうかと声を上げた。ただ、議会決議にはなじまないので、有志による質問状という形をとったんです。悲しい思いや憤りはあったが、抗議というほどのものではなかった。それが報道後、町には多数の苦情が寄せられた。『舞台にされたんだから喜べ』とまで言われているんです」

 碓井広義・上智大教授(メディア論)はこう解説する。

「小説を読んだかぎり、中頓別町はたばこのポイ捨てが多いという誤解や偏見を生むような表現ではない。あくまで小説、という意識が読む側に必要だと思います。ただ、この件は“村上春樹”というネームバリューもあってネットで拡散したのが大きい。作品自体を読まずに騒いでいる人たちも多いはずです」

 早々にコメントを出した村上氏の「大人の対応」だけが光る結末となった。

週刊朝日 2014年2月28日号