遺伝子を選別して理想の子孫を作る「デザイナーベビー」に関して、早稲田大学の池田清彦教授はこう語る。
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デザイナーベビーにつながる遺伝子解析技術に米国で特許が認められたと、2013年10月20日付の朝日新聞に大きく報じられていたので、デザイナーベビーについて私見を述べておこう。
遺伝子と形態あるいは遺伝子と行動には大きな相関があり、良さそうな遺伝子を選別して赤ちゃんを作れば、理想の人間が作れるかもしれないとのおとぎ話のような願望は、以前より本や小説で表明されてきた。
遺伝子と形質発現の関連がよく理解できていなかった頃、多くの生物学者たちは、ひとつの遺伝子はひとつの形質に対応していると単純に考えていたため、技術的な問題はともかく、原理的には理想のデザイナーベビーを作るのは簡単だと思っていた。たとえば髪の色がブロンドで、脚が長く、IQが高く、足が速い子供を作ろうと思えば、ブロンドの髪の遺伝子、脚を長くする遺伝子、高IQの遺伝子、足が速い遺伝子をもつデザイナーベビーを作ればよいといった具合だ。
ところが、発生遺伝学の発達に伴って、事はそんなに単純ではないことが分かってきた。ひとつの形質を作るためには、沢山の遺伝子たちが協同作業をしていて、しかも個々の遺伝子はひとつの形質に関与しているばかりでなく、いくつかの形質に同時に関与していることも分かってきた。
たとえば東洋人に多いみどりの黒髪と歯の裏側が凹状になるシャベル型の切歯の発現には同じ遺伝子が関与している。第二染色体のEDARという遺伝子はこの二つの形質の発現に同時に関わっているという。これが何を意味するかというと、たとえば足の速い遺伝子は、足が速いというポジティブな形質だけでなく別の形質に関わっているかもしれず、もしかしたらその中にはネガティブな形質もあるかもしれないということだ。
理想的な子供を作ろうとして良いと思う遺伝子を選択しても、それに随伴して余り好ましくない形質が出現する可能性もあるのだ。さらに遺伝子たちの協同作業の内実もまだほとんど判明していないので、個々の遺伝子は独立にはポジティブな形質を作る確率が高くても、共存するとネガティブに働かないとも限らないのだ。
今の所、まだ遺伝子そのものを差し換えるのではなく、良い遺伝子をもつ精子や卵を選別して人工授精で赤ちゃんを作ろうとの計画段階で、実用化されるとは思われないが、実用化されれば、望まない子に育った時に誰が責任を取るかという社会問題が生じることは必定だと思う。
※週刊朝日 2013年11月15日号