10月14日にはロックアルバムを6年ぶりにリリース、11月12日からは6年ぶりとなる日本ツアーが始まるポール・マッカートニー(71)。音楽評論家・湯川れい子さんとの対談で1980年の来日時、大麻・不法所持で逮捕され日本の留置所にいた時のことを語った。
湯川:今だからこそ、と言いますか、そろそろ日本の警察の留置場での思い出を語っていただけるのではないかと思うのですが。どうだったんですか?
ポール:ああ、いいよ。振り返ってみると、おかしかったよ。文化を、身をもって体験したというか。僕にしてみれば、留置場に入るのがどういうことかわからなかったし、ましてや日本の留置場に入ることがどういうことか、わかるわけもない。なので、実際とても興味深かったよ。僕の隣の部屋には他の囚人たちがいた。僕は日本語なんてほとんどしゃべれない。「コンニチワ」とかあと二、三言くらいだ。実際、何もしゃべれなかったのだけど、知っている単語を言い合って、彼らと会話をしていたんだ。たとえば僕が「ホンダ! ホンダ!」「カワサキ! カワサキ!」と知っているブランド名を連呼すると、彼らは大笑いする、というように。他にも「マウントフジ!」とか、とにかく知っている単語を叫ぶと、彼らが叫び返す、という具合に。そうやって仲良くなっていったんだ。クレイジーだったよ。僕自身、このあとどうなるのか、まるでわからずにいた。9日後に釈放されたのはとてもラッキーだったと思う。
湯川:9日後ですか!
ポール:ああ。クレイジーだった。他の日本人に会ったこと、それが一番の思い出だね。そのうちの一人は暴力団員だった。背中に大きな刺青(いれずみ)が彫ってあって。僕にはその意味がわからなかったから「いいタトゥーだね!」なんて声をかけたら、別のやつから「違うよ、あれは刺青でマフィアみたいなものだって意味だ」と教えられた。でもそんな彼とも話をしてみると、気が合ったりしてね。
湯川:看守の警官にサインをせがまれ、してあげたというのは本当?
ポール:ああ。誰もがサインを欲しがったよ。僕としては「ちょっと待ってよ。サインするから、僕を出してよ!」って思ってたけど(笑)。日本独自のサイン色紙というのがあるじゃないか。白地にきらきらした、特別の紙…… 。あれにサインしたよ。
湯川:朝はパン一つにゆで卵1個だけだった、というのは本当ですか?
ポール:そうだよ。ロールパン1個にマーマレード、そして味噌汁。おかげでそのあと、長いこと、味噌汁は食べられなかった。何年も経ってから「お味噌汁は?」とたずねられると「いや」と遠慮してしまった。今では好きだけどね。
※週刊朝日 2013年10月25日号