くすぶり続ける日韓関係の火種が、ついに国連にまで飛び火した。韓国出身の 潘基文(パンギムン)国連事務総長(69)が、日本に批判的な発言をしたのだ。
事の発端は8月26日。潘事務総長は韓国・ソウルの外交省で行われた会見で、日本の憲法改正論議に対する国連の立場を問われ、「正しい歴史(認識)が、良き国家関係を維持する。日本の政治指導者には深い省察と、国際的な未来を見通す展望が必要だ」と、日本に対して露骨にクギを刺した。中立であるべき国連事務総長の発言だけに、日本側は即座に反発。菅義偉(すがよしひで)官房長官が「非常に疑問を感じている」と不快感を示した。
韓国情勢に詳しいジャーナリストの菅野朋子氏がこう語る。
「韓国の識者の間でも『立場を考えると言いすぎではないか』という反応が多かった。潘氏は貧しい家庭から外相にまで上り詰めた立志伝中の人物で、仕事面での評価は高いのですが……」
一方で、「韓国で計算高い人を意味する『ミクラジ(どじょう)』と呼ばれていて、人気はそれほどない」(韓国事情通)との声もある。
盧武鉉(ノムヒョン)政権で外相を務めた 潘氏は、2007年1月に国連事務総長に就任し、現在2期目。慎重な性格で、米国や中国など大国の意向を気にする一方、踏み込んだ発言が少ないとの評価もある。それが、なぜ日本には強気に出たのか。国際政治に詳しいジャーナリストの春名幹男氏がこう推測する。
「最近はイギリスの『エコノミスト』誌など欧米のメディアも安倍晋三政権に厳しい論調が多く、 潘氏もそれが世界のスタンダードな論調と思い込んでしまったのでは。自国に帰って、つい本音が出てしまった面もあるかもしれません」
こんな“思惑”があったともささやかれている。
「可能性は低いものの、 潘氏は次期大統領候補の一人と言われている。ソウルでの会見という状況を考えると、大統領選出馬へ向けてのアピールだったのかもしれません」(菅野氏)
潘氏もまずいと思ったのか、28日には「(発言は)日本のみについて指摘したものではない」と釈明。これを受けて菅官房長官は29日に「発言の真意は明らかになった」と述べ、これ以上追及しない姿勢を示した。
かくして“騒動”はわずか4日間で収束したのだが、国連の中立性から疑問視する声はくすぶっている。ただ、そんな見方を「甘い」と指摘するのが、元国連主任広報官の吉田康彦・大阪経済法科大客員教授だ。
「そもそも日本人は、国連に期待と幻想を抱きすぎなのです。確かに中立はモラルとして求められるが、歴代の事務総長も自身の支持母体である発展途上国グループの意向を背景に動いていた例が多く、決して中立ではありませんでした」
例えば、1960年代に事務総長を務めたビルマ(現ミャンマー)のウ・タント氏は、第3次中東戦争で公然とアラブ諸国側を支持した。90年代前半に事務総長を務めたエジプトのブトロス・ガリ氏は、ソマリア紛争への対応などをめぐりアメリカと対立。再選をアメリカの拒否権発動で阻まれている。
「冷戦時代の歴代事務総長が米ソとの対立もいとわない『サムライ』だったのに比べ、 潘氏はむしろ自分の主張をしないタイプ。彼が韓国人である以上、あの程度の発言は当たり前で、各国も特に反応していません。日本人だけがないものねだりの『中立』を声高に叫ぶのは、空虚です」(吉田氏)
国際政治では、時に「正論」が通用しないのである。
※週刊朝日 2013年9月13日号